・第四部『日本』(その後の数年間に) ◇ その夜……。 長州藩は嵐であった。 山口政事堂の地下防空壕にある、通信室・敵信傍受第一班では、前日の深夜から夜半にかけて、微妙な緊張状態がつづいていた。長州では、米英など攘夷戦争の被害を受けた連合国が 「近く、報復にやってくるのではないか」 という噂がしきりと流れていた。だから、この通信室に今みなぎっている緊張もまた、それにまつわる緊張であった。 「交換台? 作戦部長の久坂様にお繋ぎしてくれ。そうだ、私邸の方だ」 伊藤俊輔は、のちに博文と改名し、国家の丞相ともなる男であるが、このときにはまだ二十そこそこの若者にすぎない。密航して、英国に渡った経験があり、英米の作戦通信を傍受解読する役目を任されていた。作戦部長、久坂玄瑞は起きていた。 「何事だ、俊輔」 「数時間前から、連合国の通信の様子が変化しました。艦艇間の通信数が大幅に増えています。な