語り手であるM山K三郎が怪人アスタカについて語り始めること これから読者諸氏の前に語り伝えようとする男、怪人アスタカについてごく凡庸にデイヴィッド・カッパーフィールド式に語り始めることが果たして適切なことかどうかはわからない。しかし、今後私がどのように彼について語ろうとも、その語りが過去に起こった事実とその語りが一致することは起こり得ないのだから、何を言ってもはじまらないこともあり得る。 いきなり何を、とお思いの方がいるかもしれない。それらの疑問に答えるために、ジャン=リュック・ド・モンモンランシーの言葉を引用しておこう。第二期アナール学派の異端児とも言われるこの歴史家は、ルイ六世の偉業についてまとめた戦後のフランス歴史学界を代表する著作《純真無垢なる肥満王、ルイ六世の個人的戦争》の序文に以下の言葉を綴っている――「我々が事実として聞いたり、読んだりするものの多くは広い意味で言えば虚構に過