CEATEC行きたいなぁ。 入社して3年目くらいまでは、3日間くらい休みをもらって幕張メッセまでInteropとかを見に行けてたんだけど。 今はそんな休みもとれないプロジェクトを長年やってるし、昔の若手だったころと違って立場的に休みづらいというのもあって、こういう展示会とかイベント参加が難しいのが残念。 もう少しスケジュールの調整ができる仕事を探さないと、平日のイベント参加は難しいな。東京往復の費用はなんとか財布から捻出できるけど、時間が取れないと始まらない。
![平日のイベント参加](https://cdn-ak-scissors.b.st-hatena.com/image/square/6788a72be0373bd6fc1420afbb292bac461ae0d2/height=288;version=1;width=512/https%3A%2F%2Fwww.swingingblue.net%2Fmt%2Fwp-content%2Fthemes%2Fcocoon-master%2Fscreenshot.jpg)
社内の若手に対して、技術を追い求めるのはそのうち引退して、売る方に回ったほうがいいと言っているところを見かけた。 金になる商売するのには、技術者は必要ないんだとも。 確かに、難しい技術を使わなくてもアイデアと実行力があれば金になる商売をすることはできると思うし、技術だけあってもそれを営業して売って回るという活動をしないと金にならないというのも分かる。ほとんどの場合、技術は金に直結しないから。 でも、そこに技術が要らないかと言われるとすんなりと納得は行かないし、ソフト会社が営業ばかりになったら誰がソフトウェアを作るのだろう。オフショアか、経験の低いプログラマか、パッケージそのままか、はたまた「ソースコード自動生成ツール」なのだろうか。本当にやりたい課題をクリアするのに技術者は必要ないのか。 技術者は必要ない、という言葉で言いたいことは分かるのだけど、今までそれなりに技術力で売ってきた自分にと
白黒写真には、カラーには無い雰囲気がある。色という情報を落としたが上での新しい感覚。 写真を始めたのは中学生のころ。運動部に入ったものの自分の運動神経の無さに気づいて、2年生から写真部に入ったのがきっかけ。 写真部に入ったとは言っても中学生できちんとしたカメラを持ってなかった私は、ちょうど学校が部費で買ったニコンのF-401sをほぼ独り占めして使っていた。 私が通っていた中学の写真部は、倉庫を暗室として使っていて、フィルムの現像から印画紙への焼き付けまで行える道具が揃っていた。もちろん現像できるのはモノクロのみなのだが、赤い暗室電球の下で現像体験ができたことは、今思うと貴重な経験だった。おそらくそれが、今でも写真への興味を持ち続けていられる理由の一つだと思う。 その当時、自分で現像できるのがモノクロなので、富士フイルムのNEOPANというフィルムをカメラに詰めてあちこち撮影に行っては、暗室
Galaxy Sに非公式ROMを入れるかどうか悩んでいたけど、えいやっと入れてみた。 やったことは、 juggly.cn » Galaxy SにAndroid2.2ファーム「I9000XXJPK」を導入、root化、プチフリ対策手順 こちらのサイトに書いてある手順すべて。2.2ファームを入れ、root化、プチフリ対策まで。プチフリ対策で一度上手く行かなくてroot化の手順をやり直したこと以外は、順調に終わった。 まだ使い込んでいないので体感は分からないけど、Eclairで使い物にならなかったGPSの問題が直ってないような…。でもネット上の情報だとこのJPKファームで直ってるという話しもあるみたい。root化するときにカーネル書き換えるけどこれがダメだったりするのかなぁ。
今月末で異動する後輩の壮行会。 九州から東京へ出て非技術系の部署に異動になるのだが、もともと入社当時からやりたいと言っていた分野に近い部署に異動なので良かったんじゃないかと思う。ちょうど社内公募が実施されててそれに手を挙げた形。 まだ彼女は入社1年半だし、物事を吸収するスピードは速いので異動先の部署がどんな仕事をしているか私はほとんど知らないけど、きっとすぐに順応して今まで以上の能力を発揮するんだろうね。 正直なところ、未経験入社ながら技術者としても芽が出かかっていたしムードメーカーなところもあったので、こちらとしても抜けるのは残念。だけどこの先、経験値を積める仕事をアサインできる確証も無く、本人のせっかくの得意分野を生かしてやりたいことができる仕事を提供できるかどうかも分からなかったので、このまま九州でやりたいことをやらせてあげられずに、技術者として使っていくことが年単位のスパンで見たと
西鉄の天神駅でリニューアルオープンという広告が至るところにあったので、行ってみた。一人で。 こういう郊外型の巨大複合ショッピングモールというものに、テレビなどでは見たことあるけど実際に足を運んだことはなかったので、社会見学も兼ねて天神からバスに揺られて。 行ってみると確かに車が多い。バスで来る人は割合からするとほんの少しかな。 3連休の真ん中だからか、人はすごく多かった。子供連れ、恋人同士が客層のメインかな…。 ショップはほとんどが女性向けファッションで個人的にはあまり見るところもなく。ただ確かにここにくればだいたいの買い物とちょっとした娯楽には困らないかもなぁとは思った。博多・天神まで出るには距離がある地区の人ならこういう所にちょっと車を出して来るという気持ちも分からないでは無いかも。あと中高生で近くに住んでたら学校帰りとか休日とか足繁く行ってそう。 あと売り場として家電や電気製品が弱そ
プロジェクトのスケジュールが前倒しになった上に、メンバーが少し予定外の作業に取られていて不具合の改修が滞ってしまっている。 私が解析や改修のフォローを入れてはいるのだけど、それも多プロジェクトのレビューやメール対応や不具合解析や雑用が盛りだくさんで、同時進行で作業すると一杯一杯になってしまう。 どちらのプロジェクトも今月末が重要なマイルストーンなので、作業日程をどちらか後回し…という手も使えず。 目一杯残業するのと、休日出勤で片付けていくしか無いんだろうかね…。 今出ているバグのほとんどは、コーディング時やバグ対応をしたときの周辺考慮漏れ。動作パターンの洗い出しが漏れている、バグ改修したときの類似ルートの修正が漏れている、組み合わせで試験するとバグが見つかると言った感じ。メンバーが自分で設計して作った処理であっても考慮が漏れるとなると、なかなかどうしていいものやら。バグ対応だと、その発生パ
怪我からほぼ1ヶ月目の通院。 今日もレントゲンを撮り、経過を観察。ヒビの入った箇所は順調に骨が固まって来ていて、もう肘をある程度動かしても骨への悪影響は無いだろうとのこと。 今日からは肘の曲げ伸ばしは負荷をある程度かけて行ってよく、特に曲げ伸ばしは意識して十分伸ばす、曲げるようにしなさいと。骨が完全に固まる前に、怪我の前と同じ肘の可動域を確保する必要があるため、らしい。 あまり力を入れない状態での肘の可動域はほとんど怪我前と同じくらいに戻って来ていて、少し肘が張る感じが残っているのでそこが落ち着けばかなり良い感じにはなりそう。 ただ、両手で顔を洗うような動きをすると肘に負担がかかるのか、ズキッとした痛みがまだ走る。肘を曲げた状態で腕に力が入るとまだ痛む動作がある。これが治るのかどうかだな…。今のところ痛みをはっきり感じるケースはこの動作くらいではあるのだが。 まだ手を突くような動作(床に手
今月から、日本Androidの会 福岡支部で幹事役(お世話役)の一人に加わっている。 コミュニティに参加するのはこのAndroidの会が初めてで、そもそもの動機は「会社外の技術者と交流したい」だった。 今の会社に新卒で入って11年、通算3年半くらいはいくつか客先常駐に出ていたこともあったけど、基本はほとんど内勤。自分の周りのプロジェクトメンバーくらいしか普段話す相手も無く、技術的な突っ込んだ話しができる相手は本当に社内でも数えるほどしかいないのが何となく物足りなかった。 20代はそれでもお決まりのデスマに巻き込まれながら頑張って来たものの、20代の終わり頃から終わりの無い製品開発のプロジェクトに携わるようになってからは、本当に帰れない、休日出勤当たり前の日が続く。そうして30代になって、特定の開発環境にだけにしか潰しが効かない体になってしまうのでは、という危機感が出てきた。 会社からはそろ
スケジュールがタイトなプロジェクトでよくあること。 仕様をきちんと確認しないで、思い込みでコードを書き始めてしまったり、相手モジュールとの調整も、口頭レベルでささっと決めてしまったりして後からバグが多発。 打ち合わせの場で決められる程度の物ならまだいいけど、一旦持ち帰ってシーケンスを引くなり動作パターンを洗い出したりしないと漏れが出るケースもあるはずなのに、それを面倒がって「これでいいや」と決めて作ってしまう。 開発者の中には、とにかく先にコードを書いてしまう人がいる。そしてコードを書くのはとても速いけど考慮漏れやバグが多い人というのもいる。仕様をきちんと読んで無いとか、作って動かしながら精度を上げていけばいいやと思っているとか。 ほとんどの場合は、試験工程になってバグが色々出てくるのでモグラ叩き式に直していくのだけど、ソースはどんどん汚くなってくるし、すでに相手モジュールとのI/F変更が
今のプロジェクトが終わったあとの、仕事の状況が良くないようだ。 案件があってもトラブル危険度が高そうだったり、そうでなければ案件自体が無かったり。 このまま行くとどっか私は身売りさせられるのかもなぁ…。 会社のほうもこの1年くらいで随分と大企業病が出てきてるような感じで、現場が頑張っても上で潰されるというような感じの話をチラホラ聞く。あと社員の性悪説に立ったようなルールが増えたり、一部の部所を除いては保守的な方向に向かいつつあるように見える。 まぁこれから受託開発に主力を注ぐと言っているようなSIerなので、色んな意味で潮時が近づいてるのかも。 私としては飛び出してもどこかで食べていけるくらいの能力を維持しておかないと…。
仕事の話で、ごくごく簡単な、要求に対してXMLデータあたりを返す、テスト用のサーバプログラムの話が出た。 ううむ、クライアント側からパラメータを渡すなら、RestFulな形でやってみるのも良いかなぁと思ったのだけど、どの言語で書こうかと考えた。rubyとrailsのようなフレームワークの組み合わせでも良いけど、私の周りにはrubyやってる人がいないのでいざ他人にコードを渡しても動作環境が無いということになる。 じゃあちょうどAndroidプロジェクトでJava書いてるから、Javaで作ればいいかなと思ったものの、私のサーバーサイドJavaの記憶はブランクが長くServletとJSPくらいで止まっている。 そこでググってみると、どうもJAX-RSという仕様ができているらしく、 2010-08-21 - 書評「JavaによるRESTfulシステム構築」 きしだのはてな きしださんのブログにある
久しぶりに開催のAndroid Night in Fukuoka vol.7に参加してきた。 今回も仕事を抜け出してきたので途中参加だったけど、支部長が交代して初めてのAndroid Nightということもあって、今後の支部をどうしていくかなどの話し合いの時間もあり有意義な会になったと思う。 載せられそうな写真が無いので、今回は写真は無しで。 今回の大きなネタは、福岡支部に女子部ができたことと、ハッカソンをやろうという話になったこと。 女子部はメンバーがとても少ないので、まずはメンバー集めからかな…。 ハッカソンについては10月9日予定の方向で話が進みそう。 Android Nightは毎回何割かの人が初参加で新鮮なのが良いところ。私は今日はあまりお話できなかったけれど。 また、新支部長と幹事役数名での初の進行で至らなかった点が多々あるかと思います。個人的には少しはしゃぎ過ぎた感もあり、も
怪我から3週間。 火曜日に包帯の固定が取れ、肘はある程度動かせるようになった。 捻る系の動作はまだ少し痛みというか筋が張った感触があるので無理しないようにする。 肘より痛むようになってしまった手首は、サポーターを付けてできるだけ動かさないように、負荷を掛けないようにしているので今日時点では少し調子が良くなっているけど、まだ油断すると違和感を感じるので引き続き手首は安静にしていたほうが良さそうだ。 肘の可動は特に改善せず。リハビリの量が足りなかったのか、腕の筋肉、筋が固くなっているような感触。特に二の腕の筋肉は触ってみると明らかに筋肉の量が落ちているのが分かる。もう片方の腕と比べて細くなっていて単にブヨブヨしている。肘を固定していた間にこんな事になるのね…。 リハビリも腕を強く曲げることができない(筋が張ったような感じになる)ので、あまり無理しない程度に曲げ伸ばしをしている。本当は温めながら
さくらのVPSをお試しで申し込んでみた。 いまはまだCentOS5だけが正式に提供されているけど、Ubuntuや他のOSもじきに標準で提供されるみたい。 私は慣れてるUbuntuがいいかな…。CentOSというかFedoraは昔使っていたことあるけど。 いまでも、自分でインストールすればUbuntuを使えるようだけど、どうしようかなぁ。サポートされるまで待つか自分でインストールするか。いざとなればすぐにOSを再インストールできる仕組みがあるから大丈夫かな。 将来的には、CoreServerの内容を移管してもいいかも。 コストパフォーマンスの良いVPSが出てくると自宅サーバの必要性が無くなってくる感じ。そこそこのパフォーマンスと回線が提供されるVPSを使えば、電気代や排熱に悩まなくていいし、本当にテスト用の環境が必要なら、PCにメモリを多めに積んでVMwareなりVirtualBoxなりの仮
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