2025年11月8日のブックマーク (6件)

  • 性欲が知識欲に変化した?

    10歳頃から30歳まで毎日欠かさずオナニーしたいほど性欲に溢れてた。 平成のインターネット黎明期からエッチな画像とか外付けHDDで保存するほどの収集癖も持っていた。 大人になっても強迫観念な気持ちで寝る前のオナニーは習慣になってたのが、「今日はしなくてもよいか」の選択肢が取れる様になった。 最近は学ぶことが楽しい。 IT系をお仕事にしてると、学習対象の領域が互いに近いから手軽に学習できる。 自身や他者のためにツールを個人開発したりIPAやクラウドベンダー系の資格勉強などの情報科学分野はもちろん、業務でチーム運営や開発生産性を高めることを目的とした社会科学分野も自発的に学びたい気持ちが強い。 学べば学ぶほど仕事も進めやすくなり成果も出るし、プライベートも充実する。 趣味グループも楽しみつつ社会関係資を蓄積する術も学んだことで、より多くの人と関われる様になった。 背景を改めて考えると、ちょっ

    性欲が知識欲に変化した?
  • 母親自慢

    母親に定期的に電話してる。 今日は 「よしのり病院です~(自分の名前)」 「あら~どんな御用でしょうか~(律儀に突っ込んでくれる78歳)」 実家は両親しかいないので、毎週自分が母親に電話をしている(自分が寂しいからっていうのもあるが)。母親はいつも、自分のくだらないボケに突っ込みを入れてくれる。 この前は「よしのり警察です~」 「なんの犯罪ですかぁ~?」 みたいなどうでもいいくだらない雑談をしていた。5分くらい。 人は「もう年だ、ボケた」って言っているが、定期的に農作業に出ているので、足腰は全く問題ない。ものとられ妄想があるのはちょっと悲しいが、そこは全力で付き合うようにしている。 「警察がわたしの着物を盗んだ!!!」と言ったら「それだけお母さんが魅力的だったということだね!!!」 「あら~うれしいわね」で終わったりする。 長く生きてくれ。 パパもままも。

    母親自慢
  • 引っ越し終わったよ

    荷造りギリまでしぶってたけど意外と余裕だったわ ラック借りるタイプの引っ越しパックだから積み込むのも10分くらいで完了、早い 配送は翌日になるから昨日は引っ越し先駅近くのサウナに泊まった サウナようわからんけどなんかいい感じになったあとビール飲んでつまみってリクライニングチェアで漫画読んで毛布かぶって少し寝て、このだらけた感じ、久しぶりに味わえてよかった なんもなくてもたまにこういうのやろうかな 駅前の百貨店で新生活に必要なものいろいろ物色したり、家具屋でいろいろコーディネートしてもらったりした ウサギ小屋みたいな部屋から1LDKへのアップグレードだから、家具とかまじなんもないんだよな 100万くらいかかってもいいからちょっといいの揃えてみたい でもインテリアむずかしい 購入前に自分でも勉強が必要だなと思った そんなことしてたら荷物届く時間になったので新居へ行って軽く掃除して、荷物運び込

    引っ越し終わったよ
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  • ヒコロヒー「直感的社会論」:その人らしさは、本物でなければならない。 | ブルータス| BRUTUS.jp

    お笑い芸人、ヒコロヒーの連載エッセイ第47回。「今月のヒコロヒー」も要チェック! 前回の「人生とは。なんて。」も読む。 その人らしさは、 物でなければならない。 通う喫茶店のママがいる。ご年齢は定かではないが推測するに75歳は超えているだろう。艶やかではないが黒々としたボブヘアに、いつも女性らしい、否、女性らしいというよりはやや少女らしいワンピースやシューズを身にまとい、爪の先までマニキュアをきっちりと施している。 ママはとてもキュートだ。常に笑顔で「いらっしゃあい」と高い声で迎えてくれ、私の吸い殻がいっぱいになった灰皿を見つけると「やあだあ、私ったら気がつかなくって!」と自分の頭を右手でぽかんとぶつ。他に客がいぬ時などに会話をすれば、カウンターに両肘を置き、顔を両手で包み込むようにして上目遣いで「うんうん」と聞いてくれ、たまにこっそり私の元へ駆け寄ってきては右手からクッキーを差し出し「

    ヒコロヒー「直感的社会論」:その人らしさは、本物でなければならない。 | ブルータス| BRUTUS.jp
  • 短期記憶をなくすということ - 天国と地獄の間の、少し地獄寄りにて

    ここのところ連続して90歳を迎えた老母の話を書いている。 mazmot.hatenablog.com mazmot.hatenablog.com ほかにネタはないのかと言われそうだが、ネタはある。ただ、タイミングを見計らっているうちにどんどん逃げていく感じで、記事にあげていない。それでもひとつは遠からず書くはず。 ともかくも、今回もその老母のことだ。相変わらず私は数日おきに顔を出して、買い物その他の日常のサポートをしている。だから、高齢者を抱えた世間の人々が経験している介護の苦労のようなものとは、いまのところ無縁だ。基的な日常生活は、自立している。私の介助は必要としていない。この先、日常の動作が自立できなくなったら、そこからはかなりたいへんだろうと予想できる。だから、できるだけ自立を失わせないようにと、そこは心がけている。 それでも徐々に失われていくものはある。小さなことではある。たとえ

    短期記憶をなくすということ - 天国と地獄の間の、少し地獄寄りにて