白い犬を連れた老夫婦は海を見つめていた。「もう帰れないんだろうな」。伊豆半島の漁港で遠い故郷を思った。長瀬昭昌さん(72)、妙子さん(68)夫妻は東京電力福島第1原発の事故で、福島県浪江町の自宅を追われた。 娘婿の実家がある静岡県西伊豆町の空き家で避難生活を始めたのは4月。かつてカツオの遠洋漁業で栄えた古い漁師町で、道ですれ違う人はみな声をかけてくれる。仮住まいの食卓にも、しばしばおすそ分けが並ぶ。高齢化が進む町は時がゆっくり流れていた。 昼間は2人でテレビの前に座り、原発や福島の様子を伝えるニュースを見つめるのが日課になった。妙子さんは「結婚以来、こんなに長く一緒に居るのは初めてね」と笑う。各地に離散した近所の人たちとは携帯電話で連絡を取り合っているが、最近は、電話の本数も減ってきた。 かたくなに信じてきた原発との「共存共栄」とは何だったのか。昭昌さんは考える。 3月11日。自宅は第1原