ベンチに腰掛けて読書をしていたら、だれかが私の肩をたたく。なんだろうと思って見ると、先ほどから隣に座っていた見知らぬ男性。「ちょっといいですか?」 それは、くっきりとした目鼻立ちをした青年で、灰色と碧色がまざりあったようなちょっと印象的な眼をしていた。「こんにちは」 いま起きようとしている事態に少し戸惑いながら挨拶をした。 「あの、それはギリシア語ではありませんか?」と青年が尋ねる。私はちょうど、ひざの上にのせたトランクを机がわりに、書物と辞書とノートを広げていた。書物は、青年が言うように(古典)ギリシア語で書かれたものだった。「そうです」と言って、本を青年のほうへ差し出す。 「やっぱり!」 その顔がぱっと明るくなって、青年は身を乗り出してくる。彼とともに空気が動いて、やわらかな、香をたきしめたようなほのかな香りがする。「ぼくはギリシア人なんですよ」と言いながら、よく動く大きな眼で書物のペ