本作は短編集『風の十二方位』に収録されている。自分は先日感想を書いたマイケル・サンデル『これからの「正義」の話をしよう』の中でこの作品が引用されていた事から興味を持ち、この短編集を手にした。 『オメラスから歩み去る人々』は数ページの掌編だが、その鋭さは読者の心に突き刺さる。 此処ではない何処か遠い場所に、オメラスと呼ばれる美しい都がある。 オメラスは幸福と祝祭の街であり、ある種の理想郷を体現している。そこには君主制も奴隷制もなく、僧侶も軍人もいない。人々は精神的にも物質的にも豊かな暮らしを享受している。祝祭の鐘の音が喜ばしげに響き渡る中、誰もが「心やましさ」のない勝利感を胸に満たす。子供達はみな人々の慈しみを受けて育ち、大人になって行く。 素晴らしい街。人の思い描く理想郷。しかし、そのオメラスの平和と繁栄の為に差し出されている犠牲を知る時、現実を生きる自分達は気付くのだ。この遥か遠き理想郷