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ブックマーク / zaikabou.hatenablog.com (4)

  • 東京への異常な愛情 または私は如何にして執着するのを止めて横浜に暮らすようになったか #わたしの好きな街 - 日毎に敵と懶惰に戦う

    Sponsored by リクルート住まいカンパニー 横浜に35年住んでいる。そして「横浜の人」と認知されていることが多い。だけど、もともとは東京の生まれだし、生活の軸足もずっと東京に置いてきた。ちゃんと横浜市民になれたのはここ10年も無いかもしれない。そんな話をしたい。 生まれてからずっと東京だった 生まれたのは東京都目黒区中目黒。実家は小さな工場だった。東京オリンピックの好景気で祖父が軌道に乗せた商売を父が継いでおり、町工場兼住居の小さなビルが、中目黒駅から徒歩7-8分ほどの山手通り沿いに建っていた。 40年近く前の中目黒は、いくつかの芸能プロダクションこそあったけれど、今のようなオシャレタウンではなく、町工場も点在するような場所だった。今では花見の人出でパンクする目黒川沿いにも父の友人のメリヤス工場があったり。今はそのメリヤス工場、おしゃれなレストランになっている。 自分はそんな中目

    東京への異常な愛情 または私は如何にして執着するのを止めて横浜に暮らすようになったか #わたしの好きな街 - 日毎に敵と懶惰に戦う
    John_Kawanishi
    John_Kawanishi 2019/11/09
    横浜の野毛って何処だっけ…桜木町駅の南口かぁ
  • お追従ブックマークも結構だけど、ダメそうならちゃんと諌めようよ、というお話 - 日毎に敵と懶惰に戦う

    以前に、こんな記事を書いたことがあります。ブックマークで賛同コメントしか寄せられないうちに、いきなり大地雷を踏んで即死の悲劇は避けたい、というお話でした その直後に、こんなことがありました(ポジ熊さん、何度も蒸し返してすみません、良かった例として書かせていただいていますので) この際は、すぐにポジ熊さんには記事を修正いただきました(その後削除)。勿論、あまり調べないで書かないで欲しい…とは思うのですが、ブログなんて気楽に書くものですから、わからないで間違いを書いてしまうこともあるでしょう。そういう場合も、すぐに訂正ができればそれでいいのではないか、という気がします。 さて最近になって、また同じような案件が起きました。直接アクセスしたくないので、件について言及した記事のほうにリンクしておきます。 発端は、今更何を言ってるんだ勘弁してくれ、という内容です。そしてここは、『歴史修正主義批判とニ

    お追従ブックマークも結構だけど、ダメそうならちゃんと諌めようよ、というお話 - 日毎に敵と懶惰に戦う
  • 羽田空港から横浜へ、定期航路が出来たので乗ってみた - 日毎に敵と懶惰に戦う

    福岡からのJAL便で16時前に羽田空港第1ターミナルに到着した私は、国際線ターミナルに向かうために無料送迎バスに乗る。 先日知ったのだけれど、羽田空港と横浜を結ぶ定期航路ができたのだという 「羽田空港船着場」に定期航路-お台場・横浜へ毎週1往復 - 東京ベイ経済新聞 なんだけど、運航は日曜日のみで、横浜→羽田→お台場→羽田→横浜の1便のみ。羽田空港から横浜みなとみらいぷかり桟橋に向かうのは羽田空港船着場を16:45に出航し、横浜みなとみらいぷかり桟橋に18:15に到着して、運賃は2,500円。 ダイヤ的にも所要時間的にも料金的にもちょっとどうなんだろう…という設定だけれど、せっかくだから乗ってみよう、と思いまして。で、羽田空港船着場って、国際線ターミナルからしばらく歩いたような場所にあるんですね。だから、まずは国際線ターミナルに向かったわけです。 で、国際線ターミナルに掲示されていた案内板

    羽田空港から横浜へ、定期航路が出来たので乗ってみた - 日毎に敵と懶惰に戦う
    John_Kawanishi
    John_Kawanishi 2014/07/30
    船かぁ余裕というか急がない時はいいよね
  • 代官山の大旦那『旧朝倉家住宅』は嫉妬するほど広い - 日毎に敵と懶惰に戦う

    手元にあるこのからの引用から始めてみます 新・都市論TOKYO (集英社新書 426B) 作者: 隈研吾,清野由美出版社/メーカー: 集英社発売日: 2008/01/17メディア: 新書購入: 12人 クリック: 289回この商品を含むブログ (96件) を見る 隈 ヒルサイドテラスは、いわば究極の旦那芸なんですよね。街自身が朝倉家という旦那の持ち物で、しかも、その旦那は見識と教養と土地とお金の持ち主でもある、という。 清野 朝倉家はどんな具合に土地を持っていたのですか。 隈 朝倉家は明治初期からここで米穀店を営んでいた旧家で、ヒルサイドテラスが建つ代官山の高台一帯を所有していたんです。ヒルサイドテラス沿いの旧山手通りも、もとをたどれば朝倉家の私道でした。現在、朝倉家は朝倉不動産という会社を作って、ヒルサイドテラスを管理していますが、その私道はおじいさんが昭和五、六年頃に作ったと聞いてい

    代官山の大旦那『旧朝倉家住宅』は嫉妬するほど広い - 日毎に敵と懶惰に戦う
    John_Kawanishi
    John_Kawanishi 2011/07/12
    と、東京の代官山にこんな広い邸宅があったなんて。今や庶民も入れる機会があるというのも
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