ブックマーク / www.nippon.com (6)

  • 「鉄のカーテン」の向こうの日本料理

    旧東ドイツで体験できた唯一の日の味 自分の店でのロルフ・アンシュッツ。(Gabi Roeszler氏提供) ドイツ民主共和国、すなわち社会主義政権下の旧東ドイツ、そこにあった人口3万人ほどの田舎町を想像していただきたい。首都ベルリンから南へ300キロ以上離れた山岳地帯に位置し、世界の情勢や国際的な物品の流れなどからほとんど隔絶され、しかもあらゆる締め付けや統制が厳しかった時代のそんな町に、日のレストランを開くというのはかなり奇想天外な発想のように思える。しかし、この奇跡のような出来事が、1970年に実際に起きたのである。それは、その町に住むロルフ・アンシュッツという人物による、創意あふれるひたむきな努力が生んだ奇跡だった。 アンシュッツは料理人の家系出身で、当時、現在のテューリンゲン自由州に含まれるズールという小さな町でレストランを経営していた。彼は自らの夢をかなえるため、自分の店を

    「鉄のカーテン」の向こうの日本料理
    MATCH1
    MATCH1 2025/05/31
  • 日本人は銃剣で子どもを殺していたのよ——「親日」と「反日」の狭間で

    「親日台湾」という言葉に違和感 日に住んでいると、初対面の人から「出身はどこ?」と聞かれるときがある。それなりに日語を巧みに操っているので、ほとんどの場合、相手は日の地名が返ってくるのを想定している。そこで「台湾」と答えるとちょっとしたカミングアウトになるのだ。 ありがたいことに、「台湾」と答えて嫌がられることはあまりない。逆に、「私、すごく台湾が好き!」と言ってくれる人が多かった。東日大震災以降、「台湾は親日国」という印象がかなり定着したように思われる。実際に台湾旅行した日人も「台湾人は日人に優しい」と口々に言う。各分野での民間交流が進んでいることもあり、日では今、ちょっとした「台湾ブーム」が起こっているようだ。嫌われるよりかはもちろん好かれる方がいいので、台湾出身者としてはこの状況をありがたく思っているが、一方、「親日台湾」といった言葉を耳にするたびに、少しばかり違和感

    日本人は銃剣で子どもを殺していたのよ——「親日」と「反日」の狭間で
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    MATCH1 2025/05/17
    そもそも尖閣問題は台湾が駄々こねたのが発祥で、中国は慌てて主張したんだけだから、ぶっちゃけ台湾がおかしいよ。
  • 日独修好160周年:日本の近代化にドイツが果たした役割

    2021年は、1861年に江戸幕府とプロイセンの間に修好通商条約が締結されてから160周年となる。日の近代化にはプロイセン、そしてドイツの果たした役割が大きい。医学や法学、軍事など幅広い分野でドイツからお雇い外国人を招くなど、日独の人的交流が近代日の形成に多大な影響を与えた。160周年を機に、この日ドイツの特別な関係について概観する。 ベルリンで起きた日人の「胴上げ」 1914年7月28日、オーストリア=ハンガリー帝国(以下、オーストリア)がサラエボ事件(6月に起きたオーストリア皇太子暗殺事件)に抗議してセルビアに宣戦布告、ロシアがセルビアの支援に回ると、今度はドイツが8月1日にロシアに宣戦布告してオーストリア側に立った。 第一次世界大戦初期のこの緊迫した状況下、ドイツの首都ベルリンでは奇妙な出来事が起きていた。日人が街頭で群衆に囲まれ、歓喜の輪の中で「胴上げ」されたというのだ

    日独修好160周年:日本の近代化にドイツが果たした役割
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    MATCH1 2025/01/26
    ドイツ人以外の外国人、というか日本人もそうだが、お雇いだから高賃金払っているのに今の青年ボランティアみたいな無料だと素で勘違いしているやついるんだよな。 感謝しろと言うやついるから一応かいておく。
  • 歴史に翻弄(ほんろう)された日台航路——「日本アジア航空」の記憶

    台湾を行き来する方は、普段、どの航空会社を利用するだろうか。今は、日航空(JAL)、全日空(ANA)、中華航空(チャイナエアライン)、エバー航空、キャセイパシフィックにジェットスターなど、フルキャリアから格安航空会社(LCC)まで、10社以上の航空会社が日台間の航路を結んでいる。また、成田国際空港(以下、成田)や大阪の関空国際空港のみならず小松や静岡など地方空港からも台湾行きの便が開設され、気軽に日台間を行き来できるようになった。しかし、それはここ数年の話である。 日台間で多くの飛行機が飛び交うことは当たり前に思えるかもしれないが、実は10~15年ほど前まで、日台間の航空路は「特異」な状態にあった。日のナショナルフラッグキャリアである日航空は台湾への便を設定しておらず、また台湾のチャイナエアラインやエバー航空は成田空港を使用することができなかった。 1990年生まれの日台ハーフ

    歴史に翻弄(ほんろう)された日台航路——「日本アジア航空」の記憶
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    MATCH1 2024/07/17
    あったね。
  • 1958年の台湾海峡危機と日本:日米安保改定との関連から高い関心

    金門砲撃(第二次台湾海峡危機)は当時、日でも高い関心を集めた。危機が収束した翌1959年、日米安全保障条約の改定交渉が進む中、中台間の紛争に日が「巻き込まれるのでは」という懸念からだ。 「台湾有事」がにわかに主要課題になるなど、昨今、台湾海峡に熱い視線が注がれている。かつて、冷戦下の日でも台湾海峡、そしてそこにある金門島が注目されたことがあった。それは岸信介政権による日米安保改定の交渉過程で生じた、第二次台湾海峡危機を契機としていた。 東アジアの「熱い戦争」と日 東アジアでは、日が満州事変を起こした1930年代から少なくともベトナム戦争が終わり、中越戦争が生じた1970年代末まで戦争が継続し、平和の時代が訪れてからようやく全体として経済的に繁栄することになった。東アジアには、「冷戦」というより、まさに「熱い戦争」があったのである。だが1930年代に戦争を発動した日は、1945年

    1958年の台湾海峡危機と日本:日米安保改定との関連から高い関心
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    MATCH1 2024/02/11
    中台間の紛争に日本が「巻き込まれるのでは」という懸念からだ。 →いまでも現実をみない日本人はこの感覚だよな。 逆に日本がアメリカを巻き込まなきゃ行けない時代なのに。 てか本来なら当時でもそうなんだが。
  • 英王室から届いた親電で昭和天皇ご聖断?:連合軍を震撼させた「諜報の神様」小野寺信(8)・最終回

    連合軍を震撼させた「諜報の神様」小野寺信 英王室から届いた親電で昭和天皇ご聖断?:連合軍を震撼させた「諜報の神様」小野寺信(8)・最終回 歴史 2020.04.07 ドイツ降伏後、⽇はソ連に⽶英との和平仲介を求めた。しかし、ソ連は仲介せず、無条件降伏を勧告する「ポツダム宣⾔」が出された。原爆投下され、ソ連が 対⽇参戦すると、参謀部は初めて⼩野寺信(まこと)ストックホルム駐在陸軍武官の和平⼯作を認めた。それは終戦翌⽇の8⽉16⽇ だった。ところが戦後公開された⽂書によると、⼩野寺の和平仲介打診にスウェーデン国王が何事か⾏動し、⽶英は⽇が国体護持を条件に初めて「降伏の意思」を⽰したと解釈し、ポツダム会議に向かうトルーマン⽶⼤統領に届けていた。スウェーデン国王からの働きかけで昭和天皇がご聖断を下し、天皇制を維持できたとすれば、工作の意義も小さくなかった。 スウェーデン国王が何事かアレンジ

    英王室から届いた親電で昭和天皇ご聖断?:連合軍を震撼させた「諜報の神様」小野寺信(8)・最終回
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    MATCH1 2023/06/08
    岡本公使、陸軍上層部はワケわからんですな……。
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