「美術は魂に語りかける」評・横尾忠則(美術家) 印刷インキが紙に定着するまでに何度も重ね刷りの工程を繰り返した結果、そこに予想を超えた不確定な抽象形態が現出する。それを「ヤレ」と呼ぶ。かつて若い頃印刷所で体験したその経験は私に初めて芸術魂を移植した瞬間として、今でも私の内部で創造の核となっている。 本書にはサイ・トゥオンブリーの、重ねたりひっかいたりした行為の結果、画面全体が黒く、まるでヤレのような効果を上げた作品が掲載されているが、非美術のヤレが彼の手によって美術に昇華された、そんな一連の作品をMoMAの個展で観(み)た時の驚きこそ「美術は魂に語りかける」遭遇事件だったのである。 アートを前に胸が締め付けられたり、涙の流れる感覚を体験することがあるが、こうした感情が生理に及ぶ時、われわれはそこに知性の作用ではない何か別の計り知れない力のようなものが語りかけてくることに気づく。それを魂の作