先日、ジェンダー社会学者の小宮友根氏のエッセイ*1が炎上していたが、批判すべき箇所がちょっと違うというか、表現規制反対派の皆さんやフェミニスト嫌いの皆さんが、小宮氏が参照していたイートンの議論に関して上手く騙されている気がするので指摘したい。 小宮氏はEaton (2012)*2をヒントとして性的モノ化の議論を組み立てたとしているが、小宮氏が提案する性的モノ化の基準とイートンの基準は乖離がある。イートンは描かれた裸婦の主体的な意思が見えないことを基準にしている一方、小宮氏は女性の主体的な意思が一部の方向にないことを基準しており、両者の基準の乖離が大きい。 1. 2つの「スザンナと長老たち」の比較 イートンは数多くの名画を挙げて批評を行っているが、第3節The Male Gazeの最後の方(pp.295–296)にある、同じ主題「スザンナと長老たち」の性的モノ化されている絵画とされていない絵
![主題「スザンナと長老たち」で比較する、性的モノ化された裸婦画とそうでない裸婦画](https://cdn-ak-scissors.b.st-hatena.com/image/square/679378b463f1accb30c90471e8bf7ab521f0fc65/height=288;version=1;width=512/https%3A%2F%2F2.bp.blogspot.com%2F-Ix_oKlbtF-E%2FXfcCfu9my_I%2FAAAAAAAAQYk%2FM7FhRFa-yBk6zrZZnBfRbccmgTwaYJDvwCLcBGAsYHQ%2Fw1200-h630-p-k-no-nu%2FSusanna%252Band%252Bthe%252Belders.jpg)