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考察と人間に関するNOKIAのブックマーク (3)

  • 人を bot にする道具 - レジデント初期研修用資料

    それが親しい人であっても、見知らぬ誰かであっても、自分に対して好意的な反応を返してもらうことは気分がいい。 共感はサービスの原動力で、共感が上手な人はそれ自体で商売をすることもできるし、ユーザーを共感してくれる誰かと結びつけてくれるサービスには人が集まる。 人間と区別がつかない、極めて精巧な人工知能を生み出すことができたとして、そうした人工知能によって提供された共感は、サービスとして商売になる。 高性能な人工知能を完成させるのは難しいけれど、人間の認知を、ネット上に多数存在する単純な人工知能、bot のレベルに引き下げることができるのならば、bot が提供する幼稚な共感から、 人間はより多くの快適さを引き出せるのかもしれない。 「マジやべぇ」はマジやべぇ いろんなアプリケーションとして提供されている人工無能、入力された言葉に対して、あらかじめ用意された単純な文章を返すだけの機能しか持たない

  • アニメ「魔法少女まどかマギカ」と祖父の死 | 「ほとけの子」育て | 彼岸寺

    夫が「人に勧められて」と、珍しくアニメのDVDを借りてきました。それは「魔法少女まどかマギカ」。ネタバレになるのであまり詳しくは書きませんが、ストーリー設定が非常に仏教的で、見れば見るほどその世界観に引きずり込まれるのだと、お坊さん仲間の間でもかなりの評判になっていた作品です。とは言え、アニメを見慣れないわたしにとってはあまり見やすいものとは言えず、「そうは言っても、とにかく3話まで我慢して見ればもう目が離せなくなる」との口コミを頼りに、なんとか頑張ってその3話までを見終えました。なかなかどうして、たしかに先の展開が気になって仕方ありません。そこからはいっきに最終話までを借りそろえ、あっという間に見終わってしまいました。 お話の中で、「どうして人間は、そんなに魂の在り処にこだわるんだい?」という言葉がありました。魂は体から離れて生き続けているのに(という設定)、死んで肉体が動かなくなること

  • 史上最大にして、最もささやかな宗教とその帰結:何故我々は満員電車で無視し合うのか?

    「みんながめいめい自分の神さまがほんとうの神さまだというだろう。 けれどもお互い他の神さまを信ずる人たちのしたことでも涙がこぼれるだろう」 (宮沢賢治『銀河鉄道の夜』初期形第3稿より) 人が、自分の生まれた村や町で一生を終えていた時代には(想像もつかないほど昔のことじゃない。時間にすれば、人類の歴史のうちほとんどがそうだった)、接する人たちは皆顔見知りで、村や町みんなで同じ神様を祭ったり拝んだりしていた。 コミュニティの中や近くにある岩やらトーテムを、コミュニティのみんなで拝んでおけば、自然と一体感がうまれてうまくいった。 これが原始的な宗教のかたちだった。 そして同じ神様を祭ったり拝んだりする人たちが、要するに「仲間」だった。 ところが、多くの人間が互いに大きく移動し合い、一人の人間がいくつもの集団に所属したり、見も知らぬ人の集まりがあちこちにできたりする時代となると、「同じモノを拝む奴

    史上最大にして、最もささやかな宗教とその帰結:何故我々は満員電車で無視し合うのか?
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