基本的には「95年以後の日本社会論を発信せよ」の話と同じなんだけど、や踏み込んでる。「論座」の文章読んだときに、「コミュニケーションそのものはそうだけど、実際にコンテンツが影響力持っちゃってるじゃん、それによって傷つく人もいるし」と思った。いや、東も「リアリズムの欠如」を憂いてるみたいなところはあったけど。 で、↓では、微妙にそういう問題意識はあるようで、ちょっとだけ触れてる。 東: また別の話になりますが、ニューヨークを訪問したのは、嫌韓の記事がニューヨークタイムズの一面に載った*2直後でした。ですから、「嫌韓というのがヤバイらしいですね」と聞いてくるひとが何人かいました。たしかにヤバイ(笑)。ヤバイのですが、彼らと我々では、同じ「ヤバイ」でも意味が違うわけです。僕は、サイバーカスケードや繋がりの社会性―― connection-oriented sociality と英訳しましたが――
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