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2006年2月18日以来の再戦となる、フィンランド代表。3年前、静岡のエコパ・スタジアムで行われた試合は、ジーコ監督(当時)率いる日本代表が2−0で勝利している。だが、個人的には試合を決定づけた小笠原満男の豪快なミドルシュートと、浜松で食した「ひつまぶし」の絶妙な食感だけが、今も心地よい記憶として残っている。逆に、このときのフィンランドの印象というものは、どうにも思い出せない。 今回の来日メンバー21名についても、3年前と同様、あまりぱっとしない。フィンランドの国民的英雄、ヤリ・リトマネンの雄姿が見られるのはうれしい限りだが(この人の来日は、1995年にアヤックスの一員としてトヨタカップに出場して以来、実に14年ぶりである)、あとはまったくなじみのない名前ばかり。キャップ数でいえば、リトマネンの118は別格として、クイバストが73、あとはひとケタとゼロばかり、という陣容である。チームを率
■試合後、中村俊のコメント 勝ちたかったです。前半に追いついたのは大きかったですが、それをうまく生かせなかった。(足りなかったのは)最後のパスだったり、そういうところ。向こうはしっかり守ってそれから速攻という形で、気をつけてやっていたので、あの1点以外はそんなに(崩されたシーンは)なかった。(攻撃の)形はできたんですが、もう一声というか、ゴール前の迫力というか。 (ゴールシーンは)相手がアタックに来る前に早いうちに(クロスを)上げた。前半から嘉人(大久保)がいい動き出しをしていて、なかなか使ってあげられなかったので、あの場面は良かったと思います。 結果がすべて。勝たないといけなかった。これからまだまだ(予選は)長いので、次に集まるときはみんなレベルアップできているように。アウエー(での戦い)が大きいと思うので、アウエーで勝ち点3を取れるようにしたい。 ■試合後、長谷部のコメント 勝ち点
雪の埼スタ(埼玉スタジアム)から、雨の埼スタへ――。 2月6日のホームでのタイ戦でスタートしたワールドカップ(W杯)アジア3次予選も、今日6月22日のバーレーン戦がラストマッチとなる。すでに最終予選進出を決めている両チーム。最終戦前の段階では、1ポイント差でバーレーンが首位に立っているものの、最終的にどちらが1位になっても、最終予選の組み合わせには何ら影響はない。要するに、この日のゲームは「消化試合」なのである。そんな中、チームをモチベートする要因をあえて挙げるなら、それはもう「プライド」以外には見当たらないだろう。 「僕はバーレーンでの屈辱(アウエーで0−1で敗れたこと)は、一生忘れないでしょう。そういう意味で、この試合は自分の、そして日本サッカーのプライドを懸けた試合になると思っています。どんなことがあっても勝つ、勝たねばならないと思っています」 14日のアウエーでのタイ戦(3−
■試合後、中村俊のコメント 皆が激しく行って、取られたらすぐチェックに行く、そういう細かいところがよかった。その後で個人の発想や技術が生きるので、戦う姿勢や激しさが最初に出たのはよかった。 (2点目の起点となったシーンは)闘莉王はすっと上がるのでいつも見ている。ちょっと(ボールが)前目で難しかったと思うが、あれをヘディングで落とすのは彼の能力。闘莉王はいいプレーをした。(3点目の右足のゴールは)普通です(笑)。 今日は1点差の戦いになると思ったが、点差が開いたのも、皆が激しく行ったり、大久保とかが寄せるところを寄せたり、細かいところが積み重なった結果。次もその努力を怠らないようにしたい。 ■試合後、中澤のコメント 3点取れたことは非常に良かったと思うが、まだあと3つ残っている。ワールドカップ3次予選を突破するために3つ勝たなきゃいけない。そのための大きな1勝だったと思う。 (先制点は)
キリンカップの季節がやってきた。今年の開幕戦は5月22日、カードはコートジボワール代表対パラグアイ代表である。 例年、3カ国総当たりで行われるキリンカップだが、開幕戦に日本代表が登場しなかったのは7年ぶりのこと。1992年にナショナルチーム同士による現行のフォーマットが確立して以来、これまでキリンカップは16大会が行われているが、開幕戦がゲスト国同士で行われたのは、96年のメキシコ対ユーゴスラビア(日本平)、99年のベルギー対ペルー(西京極)、2001年のパラグアイ対ユーゴスラビア(国立)、この3大会のみであった。日本が中1試合休める日程が主流だったのは、ホスト国の優位を保つためというよりも、むしろゲスト国の1つを1週間も日本に滞在させるだけのコスト面、およびスケジュール面での問題があったからだろう。今大会は、3カ国の中で最も「欧州組」が多い、コートジボワールのスケジュールが優先されたよ
日本は先制しながらも、アンゴラの個の力の前に勝ち切れなかった 【 Photo:北村大樹/アフロスポーツ 】 ■アンゴラの個人能力の前に勝ち切れず 北京五輪イヤーである2008年の反町ジャパンの国内初戦となったアンゴラ戦は、1−1の引き分けに終わった。A代表相手に引き分けたこと、試合の主導権を日本が握っていたことから、メディアなどでは好意的なムードが漂っている。だが、私はこの試合でU−23日本代表の個の力の限界を見た気がしている。 水本裕貴、安田理大、内田篤人がA代表に、そして海外組の本田圭佑や水野晃樹は招集されず、梶山陽平、本田拓也も負傷で合宿を離脱。さらに昨年の最終予選で主力だった家長昭博、柏木陽介は負傷のためにメンバー外。この日の日本のスタメンは、昨年とは大きく変わっていた。 GK西川周作、伊野波雅彦、青山直晃に、2月の米国遠征からU−23代表に招集されている森重真人を加えた3バ
バーレーン・ナショナルスタジアム。ゴール裏に王族の肖像画が掲げられている以外、何も変わっていない【 photo by 宇都宮徹壱 】 3年ぶりに訪れたバーレーン・ナショナルスタジアムは、ゴール裏に王族の肖像画が掲げられている以外は、ほとんど何も変わっていなかった。ホコリをかぶったスタンドに、半世紀近く雨風をしのいできたかのようなボロボロの屋根。恐竜を想起させるデザインの照明塔も、仰々しい外見の割には光量に乏しい。 ここ3年でバーレーンの中心街は巨大な高層ビルが林立し、すっかり風景は変わってしまった。しかしビルを建てるお金はあっても、スタジアムを新しくしようとか、座席いすや屋根を取り替えようとか、そういう発想にまではなかなか至らないようだ。 それではバーレーン代表は、どれだけ変わったのだろうか。 13番を付けて中盤で存在感を示していたタラル・ユスフは代表から去ったものの、FWのA・フバ
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