トニオさんとこで apesnotmonkeys 氏が言ってることが興味深い。 私が「保守的な道徳こそが非モテを自縄自縛に追い込んでいる」と書いたのも同じ趣旨なんですよ。「処女にして娼婦」というのは保守的な性道徳をもつ(異性愛の)男が抱きがちな女性像なんですよね。そこから「オレ以外の男にやらせる女は許せん!/オレにやらせない女は許せん!」という結論が出てしまうわけです。 なるほど、何となく言わんとすることがわかった、というか、どこに立ち位置の差があるのかわかった気がしますよ。俺に言わせりゃ、上記の性道徳ってのは別に保守特有のものではなく、男性の生物学的な性戦略の典型例なんだ*1。それを変更可能なもの、または少数のものとして apesnotmonkeys 氏が考えている点が俺と異なるわけだ。 さて、こういう本能と現実社会をどう折り合いをつけるかという手法のひとつは「遊びと本気を分ける」ってこと