兄とは十歳。姉とは八歳はなれて生まれ落ちた。 そんな年齢差であるから兄弟喧嘩すら成立せず、殴りかかろうが蹴ろうが、笑ってあやされるばかりで、ストレスは日々幼い胸のなかに充満するばかり。 なんせ彼らが思春期を謳歌しているころに、こちらはようやっと保育園なのだ。 くわえて彼らは戯れに弟に負けてやるということをしなかった。 腕相撲であろうが容赦が無い。 将棋でもやろうものなら、 「桂馬の馬鹿っ跳び」 そう罵られ、文字通りの裸の王様にされての生殺しである。 そんな日々に、がきんちょの私のプライドはがきんちょなりに傷ついてしまうことになる。 おかげで正面からでは到底勝てないと、頭を使うことをおぼえた。 チップスターの缶に、日ごと夜ごとに屁を溜めて、寝ているその鼻に見舞ったこともあった。 圧政に苦しんだ挙句のテロリズムである。 しかし、気密性という概念が、幼い私にはそもそもなく、思いのたけを込めたガス