ヒットソングと気候の関係、四季を彩るアイドルソング 皆さんは、懐かしいヒット曲が聴こえてきた時に、曲が流行っていた当時の “気候” の記憶までセットで思い出されることはないですか? 例えば、夏場に流行った曲だと暑かった記憶が蘇ってくるとか、冬場に流行った曲だと寒かった記憶が蘇ってくるとか、そんな現象です。僕も、秋の訪れと共に必ず脳内 BGM で流れてくる曲や、春になったら無意識のうちに口ずさんでしまうような曲が、四季折々であります。今回は、そんな四季を彩る80年代アイドルソングの中から、特に大好きな2曲を取り上げてみたいと思います。共通点は “片想い”。 気温の下降と共にランキングが上昇、小泉今日子「木枯しに抱かれて」 まず、1986年11月19日発売の「木枯しに抱かれて」。「♪ せつない片想い あなたは気づかない」… のフレーズが印象的な、女性からの支持も非常に高いキョンキョンのヒット曲
細野晴臣と高橋幸宏を中心とした ¥ENレーベルのオムニバスアルバム「WE WISH YOU A MERRY CHRISTMAS」がリリースされた日
かつて、20世紀FOX を率いたザナック親子は「一行で表現できない映画はヒットしない」が口癖だった。事実、父親のダリルは『史上最大の作戦』に “空前の金をかけた、空前のオールスター映画” とコピーをつけ、息子のリチャードも『ジョーズ』を “美女がサメに襲われる映画” と宣伝した。いずれも、大ヒットしたのは言うまでもない。 確かに、それらのコピーは分かりやすい。映画の売り(魅力)や情景がありありと浮かぶ。聞いただけでワクワクする。ならば―― それをタイトルで表現できたら、最強じゃないだろうか。タイトルとポスターのビジュアルだけで、初見でスッと内容と魅力が観客に伝われば、これに勝るものはない。 例えば―― 自分の好みで申し訳ないが、『大脱走』なんて、名は体を表す、シンプルでいいタイトルだと思う。確か、公開時のポスターは、連合軍の捕虜たちが集団で脱走しているビジュアルだったが、これは誇張でもなん
これが最高傑作? 世間の評価と僕の趣味… 巷には最高傑作!とか、絶頂期の録音などの言葉が溢れている。たいていは宣伝文句なのだから、同意するならそうだそうだと相づち打てば良いし、反対でもフンフンと適当に聞き流しておけば世界は依然平和だ。 人はどこかで音楽に出逢う。だから他人の評価も参考になる。うんちく傾けられると時にめんどうだけど、博識な人や専門家や同業者なんかはたいがい有難い。時間もお金も労力もかけた人の意見は、理由というか根拠というか一本筋が通っていて、それなりに納得する。 僕なんて豊かな個性とも、独自な感受性とも無縁な、そこらにいるただのおぢさんだ。だからこそというか、しかしというのか、世間の評価と僕の趣味が一致しないこともまま結構ある。 世間ではパッとしなかったポール・マッカートニーの「パイプス・オブ・ピース」 例えば、ポール・マッカートニー。彼との出会いは80年代にロックを聴き始め
メタルシーンの帝王オジー・オズボーン、今も第一線で活躍 オジー・オズボーンが73回目の誕生日を迎えた。2度目のファイナルツアーを銘打ちながらもライヴ活動を続け、2020年には9年ぶりの新作『オーディナリー・マン』をリリースするなど、メタルシーンの帝王として今も第一線で活躍しているが、ふと過去を振り返れば不思議に思えてくる。 それは1991年秋、オジーの “ラストコンサート” と銘打った来日公演の記憶が、未だに鮮明だからに違いない。僕が行った大阪城ホールでのライヴはジャパンツアーの最終公演、つまり “日本でのラストコンサート” を意味していた。次々と繰り出される名曲の数々とオジーの衰えぬ歌声を聴いているうちに、もう観ることができないのか、と自然に涙が溢れてきた。ライヴが終わり客電の点いたアリーナに呆然と立ち尽くす僕は、まだ疑うことを知らない純粋なロック青年だった…。 1991年の引退宣言を撤
待つ女性から会いに行く女性へ「クリスマス・エクスプレス」に見るすれ違いの日々 1988年 11月10日 山下達郎の「クリスマス・イブ」が CD シングルとして初めてリリースされた日 JR東海のCM「クリスマス・エクスプレス」と山下達郎の「クリスマス・イブ」 恋人たちにとって誕生日と同じくらい大切なイベント… それがクリスマス。普段会うことが容易ではない遠距離恋愛の恋人同士ならば尚更だろう。 そんな彼女と彼の切なさを題材にしたCMと言えば、JR東海のクリスマス・エクスプレス・シリーズをおいて他にない。1989年から1992年まで(事実上の第一作は1988年)毎年続けて作られた記憶に残る人気CMだ。このCMによって大ヒットした「クリスマス・イブ」は、もともと 1983年6月にリリースされた山下達郎7作目のスタジオアルバム『MELODIES』に収録されていた。 CM演出を担当した早川和良は、すで
尾崎豊の迷走と「壊れた扉から」早熟の天才は10代で燃え尽きたのだろうか? 1985年 11月28日 尾崎豊のアルバム「壊れた扉から」がリリースされた日 誤解を承知で言えば、尾崎豊は3枚のアルバムで燃え尽きた もしかしたら、そのアルバムは、彼の遺言だったのかもしれない。 尾崎豊――。 10代の教祖、若者の代弁者、反逆のカリスマ―― 生前、彼は様々な形容詞で呼ばれた。 生涯、尾崎は71曲のオリジナル曲を発表した。全て自身の作詞・作曲である。そのうち、10代で出した3枚のアルバムに収められたのが29曲。誤解を承知で言えば、この29曲で尾崎豊は燃え尽きたのではないだろうか。 実際、二十歳を迎えた尾崎は翌1986年、無期限の活動休止に入る。そして渡米してニューヨークで暮らすも、新曲を1つも生み出せなかった。帰国後、彼はレコード会社を移籍する。だが、4枚目のアルバムは再三に渡り発売延期を繰り返し、遂に
誤解を承知で言えば、尾崎豊は3枚のアルバムで燃え尽きた もしかしたら、そのアルバムは、彼の遺言だったのかもしれない。 尾崎豊――。 10代の教祖、若者の代弁者、反逆のカリスマ―― 生前、彼は様々な形容詞で呼ばれた。 生涯、尾崎は71曲のオリジナル曲を発表した。全て自身の作詞・作曲である。そのうち、10代で出した3枚のアルバムに収められたのが29曲。誤解を承知で言えば、この29曲で尾崎豊は燃え尽きたのではないだろうか。 実際、二十歳を迎えた尾崎は翌1986年、無期限の活動休止に入る。そして渡米してニューヨークで暮らすも、新曲を1つも生み出せなかった。帰国後、彼はレコード会社を移籍する。だが、4枚目のアルバムは再三に渡り発売延期を繰り返し、遂には覚醒剤取締法違反で逮捕される。 結局、20代の尾崎はいくつかの佳作を発表するも、もはや10代の頃のような輝きは放てなかった。そして、もがき苦しむ中、そ
イーグルスがカバーした聖夜のクラシック「ふたりだけのクリスマス」 1978年 11月27日 イーグルスのシングル「ふたりだけのクリスマス」が全米でリリースされた日 子供の頃ひとりで聴いたクリスマスソング「プリーズ・カム・ホーム・フォー・クリスマス」 子供の頃、僕は市営住宅に住んでいた。平屋が数軒つながっているブロックが複数ある、いわゆる団地だ。部屋は4畳半がふたつにダイニングというか流しや食事をするスペースのみの小さな家。 そんな小さな家でも、何故か立派なステレオがあったんだ。昭和30年代に流行った家具調のやたら豪華なステレオって言えばわかるかな。犬のマークがついていたから、メーカーはビクターだったと思う。小学校に入った頃には、そのステレオに触らせてもらえるようになって(壊れる寸前だったけど)、鍵っ子だったこともあり、一人遊びとして親父やお袋のレコードを良く聴いた。 新しいレコードは全然無
子供の頃ひとりで聴いたクリスマスソング「プリーズ・カム・ホーム・フォー・クリスマス」 子供の頃、僕は市営住宅に住んでいた。平屋が数軒つながっているブロックが複数ある、いわゆる団地だ。部屋は4畳半がふたつにダイニングというか流しや食事をするスペースのみの小さな家。 そんな小さな家でも、何故か立派なステレオがあったんだ。昭和30年代に流行った家具調のやたら豪華なステレオって言えばわかるかな。犬のマークがついていたから、メーカーはビクターだったと思う。小学校に入った頃には、そのステレオに触らせてもらえるようになって(壊れる寸前だったけど)、鍵っ子だったこともあり、一人遊びとして親父やお袋のレコードを良く聴いた。 新しいレコードは全然無く、古いロカビリーやブルース系が多かったかな。特に多かったのがエルヴィス・プレスリーで、その影響は大きく、僕は、幼稚園の時には既に、「ハウンド・ドッグ」と「監獄ロッ
アイドルではなく、ミュージシャンとしての松田聖子 僕が音楽に興味を持ち始めたのが中学入って間もなくだった。そして、ロックに興味を持ち、入れ込むようになったのが中1の終わり。この1年の間に何を聴いていたかというと、当時、日本を席捲した YMO であったり、あとは、テレビでよく流れるヒットソングぐらいのものだった。しかし、その中でも特別だったのが松田聖子だった。人生で初のコンサートはちょうど「白いパラソル」がリリースされた後の81年の松田聖子のツアー『Nice Summer Seiko』の確か相模原市民会館の昼の部だったし、同時期にリリースされていた3枚目のアルバム『Silhouette~シルエット』は繰り返し繰り返し聴いた。 これから僕にも訪れるであろう青春の世界がそこには凝縮されたれいた。今改めて思い出すと、1曲目の「Summer Beach~オレンジの香り~」で炸裂する軽快なロックンロー
松任谷由実が描く純愛三部作の傑作「Delight Slight Light KISS」 1988年 11月26日 松任谷由実のアルバム「Delight Slight Light KISS」がリリースされた日 軽視できないバブルとの関係、タイトルの意味は「舌を入れない軽いキス」 最初にことわっておくが、アルバムタイトルは “舌を入れない軽いキス” という意味である。いきなり攻めているのだ。なにしろバブル期が到来していたから。タイトルに象徴されるように、収録曲も「ふってあげる」とか「幸せはあなたへの復讐」など、かなりエキセントリック。 いささか古い表現をあえてすれば、正に “時代と寝て” いたことになる。ミリオンセラーを記録した前作『ダイアモンドダストが消えぬまに』が快心の出来映えであると語ったユーミンが、さらなる高みを目指して取り組んだアルバムが通算20作目にあたるオリジナルアルバム『Del
イマジンにも匹敵!クラウデッド・ハウスが80年代に刻んだ永遠のナンバー 1987年 4月25日 クラウデッド・ハウスのシングル「ドント・ドリーム・イッツ・オーヴァー」がビルボードHOT100で最高位(2位)を記録した日 共有感満載の80年代洋楽ヒット!ビルボード最高位2位の妙味 vol.66 Don't Dream It's Over / Crowded House オーストラリアのロックバンド、クラウデッド・ハウスが残した永遠の名曲 50年以上の活動歴を誇るイギリスが生んだ偉大なるスーパーグループ、フリートウッド・マックが、昨2018年リンジー・バッキンガムの脱退と、元クラウデッド・ハウスのニール・フィンの加入を発表した。およそ1年前のニュースではあるが、クラウデッド・ハウスという名前に少なからず反応した方々、結構いたのではないだろうか。 オーストラリアのロックバンド、クラウデッド・ハウ
伊藤銀次とアルド・ボッカ、ロンドン経由でお茶の間に響いた日本のロックンロール 1984年 5月21日 アン・ルイスのアルバム「ROMANTIC VIOLENCE」がリリースされた日 お茶の間に響いたロックンロール、「ストリッパー」と「六本木心中」 今回は、「ストリッパー」「六本木心中」などのエンジニア、アルド・ボッカとの思い出をさらにもうひとしきり!! 沢田研二さんの「ストリッパー」は僕にとって生まれて初めての海外レコーディング!! ロンドンに渡り、本場のエンジニア、アルド・ボッカと仕事をすることができたことは、とても貴重な体験で、それまで日本で、ああなのかな… こうなのかな… と迷いながらやってきていた洋楽的な音作りがそんなに間違えてなかったことがわかったことは、その後の僕の活動に大きな影響を与えた。 イギリスのエンジニアと日本のエンジニアの違いとは? 今でこそ日本人でもいわゆるロック的
小柴大造&エレファント、 驚きのデビューシングル5枚同時発売! 1980年 5月5日 小柴大造&エレファントのデビューシングル「ワンモア・ナイト」をはじめ全5枚が同時リリースされた日 一夜限りの復活ライブ、円熟味を帯びた小柴大造&エレファント 便利な時代になったものだ。昔は好きなアーティストの情報を入手するには、ファンクラブに入るか、音楽雑誌を読みあさるか、ラジオの音楽番組を日々チェックするしかなかった。しかし今は PC やスマートフォンで検索画面を開き、アーティストの名前を入れると、最近の活動状況やディスコグラフィを瞬時に入手することができる。ほかにも Twitter や Instagram などの SNS も有力な情報を得ることができるのである。 10月のとある日、Twitter の検索窓に「小柴大造とエレファント」と入力してみた。何か情報を得るためではなく、過去をなつかしむファンの「
秋元康渾身の一曲、伊武雅刀「子供達を責めないで」これぞ企画屋の本領発揮! 1983年 11月21日 伊武雅刀のシングル「子供達を責めないで」がオリコンチャートで最高位(21位)を記録した日 仕掛け人 秋元康と伊武雅刀のコラボレーション「子供達を責めないで」 「子供達を責めないで」って言う曲をご存知でしょうか。1983年の秋、突然、どこからか沸いてきたようにヒット戦線に躍り出た曲なんですよね。 あ、いや、曲というよりも、全編、演説… というか延々とナレーションだけなんですけどね。で、BGM として音楽が流れているんだよね。いや、今聴いても、とっても不思議な曲なのですよ。 仕掛け人は、天才企画人の秋元康氏なんですけどね。そう、今をときめく大プロデューサー・秋元康氏が表舞台に出て来た頃の曲。歌っている… というか“演説”しているのは、いまや性格俳優として確固たる地位を築いた伊武雅刀氏。 YouT
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