私は何かを嫌いな理由を論理化するということを喜ばしく思 っていません。人が何かを嫌うのには理由があるし、それを 説明するのに論理的に矛盾せずに欠点を突くことはいつでも 容易だと考えています。 しかし、誰かを嫌いな理由が論理的であることは全てにおいて フェアであるとは言えません。「人は普通好きなもののあら探し をしないから」です。 何かを嫌いな人がよくその理由を論理化する理由は、それが 嫌いであるという「主観」を「これこれこういう理由だから こいつは嫌われるべきである」という「客観」に置き換える ためです。「主観」というアンフェアな意見に客観性を持た せて、フェアな観点からもそれは嫌われて当然なものであると 証明することで、その嫌いな何かに対する否定に説得力を持た せることができますし、自分が嫉妬だけを燃料に対象をこき下 ろしているという他人や自分自身から湧き出る疑念を取り払う ことができま