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  • 高杉晋作は、信長と逆のことをやって成功した? - みずおのアレコレ話

    幕末の高杉晋作は、戦国時代の織田信長と逆のことを行い、成功させました。 織田信長は、当時、農民でもあった武士の農作業をやめさせ、専業武士にしました。「兵農分離政策」です。 これによって、格的な訓練ができ、自在に操れる最強の軍ができたのです。 高杉晋作は逆に、農民や庶民、武士などが混成した部隊「奇兵隊」を創設しました。 もちろん、業も兼ねた兵士の軍です。「兵農・庶・武結合政策」ともいえそうです。 信長とは正反対のことを晋作は行い、成功させたのです。 信長の専業武士は強かった 戦国時代、兵農分離による格的な専業武士を備えていたのは、信長がだけです。専業武士の利点を活用して、信長は他の戦国大名を圧倒したのです。 敵国が農作業に忙しい時期でも、専業武士には農作業はありません。農作業中の敵を攻撃することができます。 戦が職ですから、緊急の場合でも集結して軍を編成するのも容易です。敵からの奇襲

    高杉晋作は、信長と逆のことをやって成功した? - みずおのアレコレ話
    SASAYAMA
    SASAYAMA 2017/02/28
    ロマンを感じます^^成功者の逆のことを成功するなんて、勇気のある行動ですよね
  • 三成は家康の誘導作戦に負けた? - みずおのアレコレ話

    戦国の末期、天下分け目の戦が関が原で勃発しました。徳川家康が引きうる東軍の勝利に終わります。負けた西軍の将である石田三成は、捕らえられ処刑されました。 小説などで当時の状況などを知るにつけ、石田三成が徳川家康に誘いこまれて負けた、という感じです。三成は家康の誘いにのらず、時節を待てば勝つことができたかもしれません。 この戦いは、まさに後の先をとったほうが勝つ見込みの高い戦でした。剣術では、実力が伯仲している場合、先に切りかかった方が不利です。 相手の攻撃を見切って受け流し、隙のでたところを撃って勝つのです。だから、いかに相手に先に手を出させるかが勝敗の分れ目になります。 戦でも同じです。とくに鉄砲が主力になった戦国時代後期は、先に攻撃すると鉄砲の餌になるだけです。そのため、野戦でも互いに睨み合いになることが多かったのです。 そのため、先に相手に攻撃させるため、互いにあの手この手を尽くしま

    三成は家康の誘導作戦に負けた? - みずおのアレコレ話
    SASAYAMA
    SASAYAMA 2017/02/06
  • 鑑真はメチャクチャ日本の仏教に影響を与えた? - みずおのアレコレ話

    奈良時代、当時の仏教界では、勝手に僧になる者が多く、朝廷は手を焼いていました。 当時、律令制度の過酷な税負担に耐えられず、与えられた口分田から逃げ、勝手に僧(私度僧)になる農民が後を絶たなかったのです。僧になれば税の負担がなくなるからです。 そして行基が中心となり、私度僧が集って治水、架橋、貧民救済活動がおこなわました。 朝廷は、これでは税金が減ってしまって困ります。当然、私度僧に対する弾圧を行いました。 しかし、私度僧といっても僧であることには変わりありません。通常の罪人のように罰するわけにはいきません。 僧尼令違反を理由に中心者の行基を処分しましたが、大勢の私度僧を処分するには限界があります。 そこで、唐から位の高い僧を招き、正式に僧になるための儀式である「受戒」を行おうとしたのです。正式な「受戒」を授けられない者は僧として認めないことにしました。 そのため、たいへんな費用とリスクの伴

    鑑真はメチャクチャ日本の仏教に影響を与えた? - みずおのアレコレ話
    SASAYAMA
    SASAYAMA 2017/01/30
    諦めず何度も航海にチャレンジ!すごいことですね^^
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