ブックマーク / www.radiodays.jp (3)

  • カフェ・ヒラカワ店主軽薄 » 日本に瀰漫した信用の不在について

    いま、日に何が起きているのか。 あまりに大きく、複合的な災害の前でひとは、何を考え、どう動いていくのか。 被災地の救援、復旧、復興へ向けて、あるいは現在危機に瀕している避難場所の状況改善へ向けて、原子力発電所の安定化へ向けて、電力不足への対応に向けて、産業の停滞への対応に向けて、直ちにやらなければならないことは、あまりにも多く、どこからどのように手をつけていったらよいのかを冷静に判断することができない。 正直で、隣人愛にあふれ、モラルをもって行動することができる日ならきっとやれる、世界も日の冷静さを賞賛している、と思いたいが、しばらくは希望と現実の落差に苦悩することになるだろう。日人ひとりひとりの上に、やらなければならないこと、考えなければならないことが、個人の能力を超えてあふれ出しているからである。 正直に言えば、しばらく呆然としていたいのだ。 呆然と事態が移り行くのを眺めている

    SasakiTakahiro
    SasakiTakahiro 2011/03/28
    今回の震災で原発にとって想定外だったのは、津波の影響だけである。
  • カフェ・ヒラカワ店主軽薄 » 非常時の思想について

    3.11の大震災以来、身体の奥で何かがずっとざわめいていて、たまっている仕事の手がつかず、書かなければいけない原稿もそのままになっている。 ずっと、何かを考えていたはずなのだが、何を考えていたのかも判然としない。確かなことは、身体の奥のざわめきが今も続いていることであり、その理由を探しているということだけである。 この二週間、おれはテレビの画面をい入るように見つめ続け、次から次へと書き込まれるツイッターの言葉を読み続けていた。 その合間をぬって仕事場に出かけ、入院中の父親を見舞った。 夕を作り、洗濯をし、アイロンかけをした。 それらは、ここ一年続いてきた日常と同じであるはずなのに、何かが決定的に違っていた。 それは、おれの身体の奥で何かがずっとざわめいていたからだろう。 何かが決定的に違う。何かがざわめいている。 そろそろ、この何かに言葉を与えなくてはならないと思う。 弟一家は仙台に住

    SasakiTakahiro
    SasakiTakahiro 2011/03/26
    思想とは、絶対的な正義も、絶対的な悪も、人間の中には宿れないということを知ることだ。
  • カフェ・ヒラカワ店主軽薄 » ordinary people

    2011年あけましておめでとうございます。 昨年は、文字通り介護に明け、介護に暮れる一年だった。 最初は生活の激変に少しばかりとまどったが、一年も続けているとそれが日常になる。人間とはまことに順応性を内包した生き物で、炊事、洗濯、風呂掃除をしながら、秋葉原と新宿に出勤し、夜間寝る前に書き物をするというこれまでとはまったく違う日常が、以前から続いていたあたりまえの生活のように思えてくる。 三年前なら、土、日は昼過ぎまでごろごろ寝転んでおり、その前日は深夜まで遊びほうけていたのであるが、最近は土曜も、日曜も平日と同じように起き、同じように飯を作り、同じように洗濯物を取り込んだりしている。 当然のことながら、そのほうが生活にリズムが生まれ、体調がすぐれ、頭の回転もすこしはましになったような心持になるのである。介護は確かに物理的には負担だが、精神的には当たり前の家族の姿なのだと思えるようになってき

    SasakiTakahiro
    SasakiTakahiro 2011/01/06
    身体性とは、どれほどの悲惨や、痛苦を経験してきたかという経験の差異のことではなく、それらの経験を現在の自分がどれだけ内面化できているかということの異名である。
  • 1