政府が安倍晋三元首相の国葬を閣議決定したのは根拠が不明確として野党が説明を求めていることに関連し、吉田茂元首相の国葬後の1960年代の国会論戦で、当時の自民党の閣僚たちが国葬について「何らかの基準が必要」「検討が必要」と答弁していたことが国会会議録から分かった。しかし、基準づくりは進まず、今回も根拠が曖昧なまま国葬は行われる。(大野暢子、山口哲人) 会議録によると、吉田氏の国葬(67年10月31日)の翌年の68年5月の衆院決算委員会で、社会党議員が「政府の思い付きで(国葬を)やることは承服できない。国会、国民が納得する(対象者の)基準を発表する必要がある」と質問。水田三喜男蔵相(当時)は「何らかの基準をつくっておく必要がある」と答弁した。 69年7月にも別の社会党議員が参院内閣委で、65年に死去した池田勇人元首相を挙げ「吉田氏と同じ首相をやっても何もなかった。ある程度の基準に基づいて国葬を