「不幸とは何か?」ということを考えた時、ここ数年ぼくが思っているのは「自分に嘘をつく」ということだ。自分に嘘をつくという行為はとても危険である。不幸な人を見た時、たいていこれに当てはまっている。幸不幸は、けっして物質的な豊かさに左右されるのではなく、あるいはその人の身に降りかかった運命に左右されるわけでもなく、その人がどれだけ自分に正直か、その一点のみで決まるようにさえ思う。 ギリシア神話の「酸っぱいブドウ」の話は存外に重い。この話は、真の不幸は「ブドウを取れなかったこと」にはなく、それ以上に「ブドウを取れなかったことの悔しさを『あのブドウは酸っぱいから食べなくても良かった』と自分自身に嘘をついてごまかしたことにこそある」と示唆しているように思う。 自分に嘘をつくというのは、文字通り麻薬のようなものだ。例えば、ほしかったブドウを食べられなかったとする。するととても悔しいし、惨めだ。その気持