1971年から2008年までのGDP成長率のグラフ(オレンジ 色がチリ、青色がラテンアメリカ平均)。 チリの奇跡(チリのきせき、英: Miracle of Chile)とは、ノーベル経済学賞受賞者のミルトン・フリードマンが1980年代から2000年代にかけてチリ国内で行った新自由主義的改革の成果を指して用いた言葉。一連の経済改革は経済的自由主義、国営企業の民営化そして物価の安定という3つの主たる目標に向け、所謂「シカゴ・ボーイズ(英語版)」(シカゴ大学出身の経済学者)が立案。 1974年から1983年まで、1985年及び1990年の3段階に分かれる[1]が、ピノチェトが引退した1990年以降も改革は引き続き実行に移された[2]。 ただ、フリードマンは「奇跡」を誇るものの、アマルティア・センら経済学者の中には、この時期のチリは寧ろ経済成長が鈍化し社会の貧困化を招いたことから、フリードマン流の