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chim↑pomに関するaburamusiのブックマーク (4)

  • Chim↑Pom展「広島!」@原宿Vacant行ってきた - おまえにハートブレイク☆オーバードライブ

    http://www.mujin-to.com/cphiroshimainfo.html良い展示だと思いました。「ピカッ」事件に何かしら口を挟んだりした人、関心を持っていたりする人は足を運んでおくべきでしょう。3日間だけの展示で3/22まで。いま売りの『大航海』が「[現代芸術]徹底批判」という特集で、題へ導くための話題として再度chim↑pomを取り上げた。http://www.shinshokan.co.jp/daikokai/dai-back66-70.html#70「ピカッ」事件への個人的な見解を簡単に示しておくと、 根回しや手続きのレベルに起因する問題であって、戦争や原爆に対する無理解や無配慮はかならずしも質的な問題ではない。事件の原因は、chim↑pomおよび美術館が、「美術(館)」という制度の囲い込みうる領域に無自覚だったことにある。したがって、八谷和彦の「果たして何人の被

  • 「なぜ広島の空をピカッとさせてはいけないのか」

    Chim↑Pom展「広島!」開催 及び、書籍「なぜ広島の空をピカッとさせてはいけないのか」刊行 のご案内 昨年10月、Chim↑Pomは、映像作品の撮影素材として、広島市上空に飛行機雲で「ピカッ」という文字を書きました。 その行為は、新聞などのメディア、行政、美術館などを巻き込み、Chim↑Pomが被爆者団体を前に謝罪会見を開くまでの「騒動」に発展しました。11月1日から広島市現代美術館ミュージアムスタジオで開催予定だった、広島をテーマにした「ひろしま」展も、自粛という形で中止となり、Chim↑Pomは「ヒロシマ」や「平和」への思いを展示という形で見せることはできませんでした。ただ、彼らは想像以上の展開の中、目の前に積み上がった問題にひとつずつ向かい合いながらなお、広島では見せられなかった作品を完成させ、展示することを目標としてきました。また展示だけでなく、この騒動の検証を中心

    aburamusi
    aburamusi 2009/03/06
    これは是非見たい。見ないと何も言えない。
  • CAMP:TALK:1203 「アートと公共性」  あるいはChim↑Pomについて- No Hedge!

    を聞きに行ってきた。「アートと公共性」というタイトルだったのだが、僕はアート方面はからきしなので、「公共性」の方にアクセントを置いたつもりで話を聞いてきました。 ……というのも半分当、半分冗談で、この場にいた大半の人がそうであったように、例の「ピカッ」事件の当事者である「Chim↑Pom」のリーダーが卯城氏が来るということで、半分は野次馬根性でした。 あと以下の文章で僕が使う「アート」というのは、このトークイベントのコンテクストからするとおそらく(言ってる人がおそらくというのも変だが、知識がないので)現代アートのことを指しているのだと思ってください。 純朴な「対話」への意志 http://ca-mp.blogspot.com/2008/11/talk-1203.html 共同体と“開かれた”アート 〜アートと公共性の関係〜 第一夜:アートは、何とどうやって関わっていくのか <ゲスト>

    CAMP:TALK:1203 「アートと公共性」  あるいはChim↑Pomについて- No Hedge!
    aburamusi
    aburamusi 2008/12/04
    後できちんと読む。
  • chim↑pom「ピカッ」パフォーマンス騒動について - TRiCK FiSH blog.

    現代美術グループ・chim↑pomが、広島現代美術館での展覧会に際して、広島市の上空で飛行機の煙を使って「ピカッ」という文字を書いたパフォーマンスをしたところ、被爆者団体から抗議に合って謝罪し、展覧会も自粛する結果にいたった。 広島で生まれ育った僕にとって、こうした即座の謝罪や自粛発表まで含めて、それはヒロシマではありがちな、どこか見た光景でしかなく、正直「ヒロシマ的予定調和またひとつ完成」という感じである。 ゲリラでやる以上は謝罪しては元も子もないし、そんなヒロシマ的予定調和を招きたくなければ、事前に上手く交渉すれば良かっただけの話だ。少なくとも、原爆語りに疑義を呈することがタブーと化している街・ヒロシマで、一朝一夕には問題提起することなんてできるわけがない。60年以上続いているタブー=思考停止の街なのだから。 しかし、その後におこなわれた蔡国強による、原爆ドームそば(厳密には市民球場と

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