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歴史に関するactive555のブックマーク (3)

  • 陸自「沖縄戦は善戦した」 幹部候補の教育方針に 住民被害に触れず識者が批判 市民団体の開示請求で判明 | 沖縄タイムス+プラス

    陸上自衛隊幹部候補生学校(福岡県久留米市)が、「沖縄作戦において日軍が長期にわたり善戦敢闘し得た」と評価し、幹部候補生の教育方針にしていたことが市民団体の情報公開で分かった。関東学院大学の林博史名誉教授によると自衛隊のこのような教育は1960年代に明らかになったが、現代も継続していることが改めて浮き彫りになった。住民被害には触れておらず、識者は「戦闘の仕方ばかりを取り上げているのは問題だ」と指摘している。(社会部・塩入雄一郎) 元自衛官などの研究者でつくる軍事問題研究会が、防衛省に公文書を開示請求。2017年8月から9月にかけ、陸自が一般幹部候補生に対して県内で行った「沖縄戦史現地教育」の実施計画が公開された。 実施計画は目的を「沖縄戦史を現地において教育し追体験させることにより、戦場、特に国土戦の実態を深刻に認識させる」と設定。現地教育などが中止となった場合、...

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  • 長崎平和祈念像の作者も「かわいそうなぞう」の作者もリアル鮫島伝次郎だった件 - 読む・考える・書く

    平和祈念像の作者がこんな人物だったとは 私もこのツイートで初めて知ったのだが、これでは、この像を作った北村西望はリアル鮫島伝次郎と言われても仕方がないだろう。 知らなかった。 この記事に依る限り、あの像の作者は彫刻家版鮫島伝次郎みたいな人だったことになる。 評価は長崎の人が決めるべきことではあるが。 祈りと異質な巨大芸術 平和祈念像 法王は今回も立ち寄らず https://t.co/1Df5HZWwTw — 福井雅敏@名古屋守山 (@hukuiP) October 29, 2019 www.nishinippon.co.jp 台座と合わせ高さ約13メートル。青銅製の巨大な祈念像は南島原市出身の彫刻の大家、故北村西望が長崎市から制作の委託を受け、被爆10周年に当たる1955年8月に完成させた。以後、8月9日の平和祈念式典は毎年、祈念像前で開催。像は被爆地「祈りのナガサキ」の代表的なイメージと

    長崎平和祈念像の作者も「かわいそうなぞう」の作者もリアル鮫島伝次郎だった件 - 読む・考える・書く
  • 日本初の路面電車に実在した少年乗務員「告知人」の悲しくはかないお話

    6月10日は、6(ろ→路面)と10(テン→電→電車)の語呂合わせで「路面電車の日」です。 日初の路面電車は、京都で1895(明治28)年2月1日に開業した京都電気鉄道会社(京電)。この京電には一時期、運転士・車掌とともに電車に乗って安全確保の仕事をした「告知人」(あるいは「先走り」)と呼ばれた「少年」がいました。 運転士の横に立つ少年が「告知人」(画像:京都府立京都学・歴彩館所蔵「石井行昌撮影写真資料」) この「告知人」はどんな仕事だったのでしょう。なぜ「少年」だったのでしょう。調べてみると、この仕事はとても過酷で、驚かされるものでした。今回は日初の路面電車にのみ存在したという幻の鉄道係員「告知人」の悲しくはかない歴史を紹介します。 「電車がきまっせー! あぶのおまっせー!」 “電車の前を走って”注意を促す業務 告知人として働いたのは「12~15歳の少年たち」でした。現代だと小学校6年

    日本初の路面電車に実在した少年乗務員「告知人」の悲しくはかないお話
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