オレ水瓶座なんだけど徳島の大雨に対してなにかできることはないだろうか・・・
▼前編:社会を“男の絆”で占有する強固なロジック 「ホモソーシャル」の正体とは? 男性性にまつわる研究をされている様々な先生に教えを乞いながら、我々男子の課題や問題点について自己省察を交えて考えていく当連載。3人目の先生としてお招きしたのは、男同士の連帯をめぐる問題を歴史的に研究した『男の絆─明治の学生からボーイズ・ラブまで』(筑摩書房)の著者である前川直哉さんです。 踏まれている足より、踏んでいる足のことを考えたかった 清田代表(以下、清田) 前川先生は著書『男の絆』で、日本のホモソーシャルがどのように出来上がっていったのかについて、明治時代にまでさかのぼりながら歴史的に検証されていました。 前川直哉(以下、前川) 前編で述べたように、ホモソーシャルというのはアメリカのジェンダー研究者イヴ・セジウィックによって概念化された言葉です。ただし、これはあくまでアメリカやイギリスが研究対象であり
昔々、あるところにおじいさんとおばあさんがいるのは、おじいさんとおばあさんがいない人に対して不謹慎だと思います。 おじいさんが山へ柴狩りに、おばあさんが川へ洗濯に行くと、川上から大きな桃がドンブラコドンブラコと流れてきました。 「ネタ乙。川上から大きな桃が流れてくるなんて普通ありえない」 家に持ち帰って桃を割ってみると、桃の中から赤ちゃんが生まれてきたことくらい私は小学生の頃から気付いてましたけど? 「桃から生まれたから、名前は桃太郎にしましょう」 「それは桃から産まれなかった人は桃太郎と名乗ってはいけないということか?」 すくすくと育った桃太郎は、ある日おじいさんとおばあさんに言いました。 「おじいさん、おばあさん。僕は鬼ヶ島へ鬼退治に行ってきます」 「そんなことよりきび団子の真実を知ってください!」 桃太郎が鬼ヶ島ヘ向かっていると、向こうから犬がやってきました。 「桃太郎さん桃太郎さん
精神医療が世の中を変えて、世の中が精神医療を変えていく。 そういう視点で、精神医療と世の中の相互作用を眺めていると、つい、ブロガーっぽいことを考えたくなる。 1.昔の精神医療には「狂気」しか無かった。 「発達障害」も「社交不安性障害」も「境界性パーソナリティ障害」も昔は存在していなかった。今日ではよく知られている心の病気が出揃ったのは、20世紀になってからのことだ。 十八世紀には、たったひとつしか心の病気が存在しなかった。狂気 insanity である。狂気という診断が意味していたのは、今日の臨床家が精神病という語で意味しているもの、あるいは口語的に「狂った crazy 」と言われているものだった。「狂気」とは、多くの場合妄想や幻覚を伴ったり、重いメランコリ―や高揚状態を伴うなど、患者が現実となんらかのかたちで接触を失っている状態のことを意味していた。 (中略) 狂気というひとつの病気だけ
また〜り(にーにー) @hatunemix 小学生の娘からの疑問 「給食時間に好きな曲をかけてもらえるのだけれどボカロ曲は先生ダメだって言った。どうして?聞いたら機械の声だからダメだって。でもPerfumeはいいんだって。どうしてかな・・・」 職員室に乗り込み父親として小一時間問い詰めたくなった まさにその瞬間であった 2017-07-03 08:52:43 bot @ertuuytfhfg うちの中学もそうだったが一部のクソ男子共が「あんな機械音どこが良いんだよ!!不快なんだよ!」と訴え、一時期流れなくなったがちょくちょく歌い手やアニソン流して、終いには集会で論争を繰り広げ結局流せなくなりました。 俺だってお前らの選曲した曲なんて聞きたくねぇんだよと当時思いました。 twitter.com/hatunemix/stat… 2017-07-04 02:43:09 セリザワケイコ 作詞家で時
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