タグ

ブックマーク / suumo.jp (30)

  • 「ここは私の居場所じゃない」。東京でやりなおした人生と、30年暮らした自由が丘が「自分を守ってくれる街」になるまで |相川七瀬さん【上京物語】 - SUUMOタウン

    インタビューと文章: 古澤誠一郎 写真: 関口佳代 進学、就職、結婚、憧れ、変化の追求、夢の実現――。上京する理由は人それぞれで、きっとその一つ一つにドラマがあるはず。地方から東京に住まいを移した人たちにスポットライトを当てたインタビュー企画「上京物語」をお届けします。 ◆ ◆ ◆ 今回の「上京物語」に登場いただくのは、歌手の相川七瀬さんです。 明るくポップな楽曲がチャートを席巻していた1995年、ダークなロックをベースにした『夢見る少女じゃいられない』でデビューした相川さん。上京の際には、幼少期から抱えてきた「知らない人たちの生きる世界で、自分の人生をやりなおしたい」という強い思いがありました。 東京で最初に住んだ街である自由が丘に暮らしてもう30年。子育てを続ける中で地域との絆は深まり、自由が丘は相川さんの「地元」となり、「私のことを守ってくれる街」にもなりました。 そんな相川さんは、

    「ここは私の居場所じゃない」。東京でやりなおした人生と、30年暮らした自由が丘が「自分を守ってくれる街」になるまで |相川七瀬さん【上京物語】 - SUUMOタウン
    akawakami
    akawakami 2023/09/02
  • 三重県伊勢市にワーケーション(ワーク&バケーション)で滞在して、「伊勢うどん」を調べてみた(文・玉置標本) - SUUMOタウン

    著: 玉置 標 2020年に三重県伊勢市が募集した「クリエイターズ・ワーケーション」に、遅ればせながら2022年の6月に参加してきた。これは応募した中から選ばれたクリエイターたちが伊勢市内に滞在し、何らかの創作活動をしつつ観光もするという企画である。 『ワーク+バケーション=ワーケーション』 製麺好きのライターである私が提案した創作活動は「伊勢うどんを通じて伊勢市を知る」である。これを伊勢市に創作活動だと判断していただけたのだ。 なんとなくしか知らない存在だった伊勢うどんを深掘りすることで、伊勢市が持つ魅力にどっぷりと肩まで漬かることができた。この研究は住まい探しに通じる部分も多々あるので、その成果をここで発表させていただこう。 ■伊勢市民にとっては「うどん=伊勢うどん」だった ■伊勢うどんの老舗、つたや 「つたや」のご主人が考える伊勢うどんの歴史 青木さんが考える伊勢うどんのルーツ 「

    三重県伊勢市にワーケーション(ワーク&バケーション)で滞在して、「伊勢うどん」を調べてみた(文・玉置標本) - SUUMOタウン
    akawakami
    akawakami 2023/02/07
  • 共働き夫婦が1Kの部屋を借りて仕事場にリノベしたら、在宅ワークの生産性が上がった話 - マンションと暮せば by SUUMO

    初めまして、こんにちは。京都在住のイラストレーター、てらいまきと申します。 二人の子どもを育てながら、エンジニアの夫と共働きをしています。以前の私は長らく自宅で働いていたのですが、現在は自宅近くのアパートの一室を借りて仕事場としてリノベーションし、そこで夫婦一緒に働いております! 今回は、私たちがどんな経緯でリノベーションするに至ったのか、また実際にしてみて仕事や生活にどんな変化があったのか、お伝えしたいと思います。 こちらがリノベーションした仕事場♪ 手前が私、奥が夫のスペースです 夫婦一緒に、快適に在宅ワークできる仕事場をつくりたかった きっかけは、2020年に夫から「転職を考えている」と相談されたことでした。 コロナ禍の影響で、フルリモートで就業可能な会社が増えました。夫は通勤圏内の会社だけでなく、東京など、フルリモート可能な遠方の会社も転職先として視野に入れているようでした。 私は

    共働き夫婦が1Kの部屋を借りて仕事場にリノベしたら、在宅ワークの生産性が上がった話 - マンションと暮せば by SUUMO
    akawakami
    akawakami 2022/09/29
  • 都内「区境」での暮らしは飽きることがない【杉並〜中野〜渋谷】 - SUUMOタウン

    著: 森原優 招かれた客人のように笹塚に住む 「大学に入ったのだから勉強を頑張りなさい」。厳格な祖父の言葉に従い、勉強というか研究に没頭しすぎてしまった結果、私は西日にある母校を休学という形で離れ、東京の研究機関にしばらく勤めていた。 当然、卒業は後ろ倒しになり、人より少し遅れて社会に出ることになった。大学の同期はとうに就職しており、「勉強を頑張りなさい」と言っていた祖父が、この後のくだりで多少怒りに打ち震えたと噂に聞いたが、私は二つ下の弟と「社会人同期」になった。 東京にいるあいだ、研究で何度か接したマスコミの世界に魅力を感じた私は、そのまま何も考えることなく“煌びやかな”マスコミ業界に入ることを決めた。会社は渋谷にあり、最初の数カ月は笹塚にある研修用のマンションに転がり込むことになった。そうして私は、笹塚という街に、招かれた客人のような態度で住み始めた。 笹塚駅の乗降客数は近隣の駅と

    都内「区境」での暮らしは飽きることがない【杉並〜中野〜渋谷】 - SUUMOタウン
    akawakami
    akawakami 2022/03/25
  • 土岐麻子さん「渋谷という街は私の人生に出てこなかった。Cymbalsに入るまでは」【東京っ子に聞け!】 - SUUMOタウン

    インタビューと文章: 田中宏 写真:関口佳代 東京に住む人のおよそ半分が、他県からの移住者*1というデータがあります。勉学や仕事の機会を求め、その華やかさに憧れ、全国からある種の期待を胸に大勢の人が集まってきます。一方で、東京で生まれ育った「東京っ子」は、地元・東京をどのように捉えているのでしょうか。インタビュー企画「東京っ子に聞け!」では、東京出身の方々にスポットライトを当て、幼少期の思い出や原風景、内側から見る東京の変化について伺います。 ◆◆◆ 今回お話を伺ったのは、歌手、ナレーション、ラジオDJなど“声のスペシャリスト”として八面六臂の活躍を見せる土岐麻子さん。 代々木上原で生まれた土岐さんは、千歳船橋で青春を送り、早稲田大学入学後にバンド・Cymbalsを結成。Cymbalsはその音楽性から「ポスト渋谷系」と呼ばれました。また、自身の楽曲「BOYフロム世田谷」の歌詞では、「一方通

    土岐麻子さん「渋谷という街は私の人生に出てこなかった。Cymbalsに入るまでは」【東京っ子に聞け!】 - SUUMOタウン
    akawakami
    akawakami 2021/10/14
  • 札幌に戻ったら「最強」とか考えなくなった――炎の漫画家・島本和彦さん【ここから生み出す私たち】 - SUUMOタウン

    インタビューと文章: 前田久 創作しながら暮らす場所として、あえて「東京」以外の場所を選んだクリエイターたち。その土地は彼・彼女らにとってどんな場所で、どのように作品とかかわってきたのでしょうか? クリエイター自身が「場所」と「創作」の関係について語る企画「ここから生み出す私たち」をお届けします。 ◆◆◆ 今回の「ここから生み出す私たち」に登場いただくのは、『炎の転校生』『逆境ナイン』『吼えろペン』『アオイホノオ』など、オタク心をくすぐる数々の燃える作品で知られる炎のマンガ家・島和彦さん。 北海道で生まれ育ち、高校卒業後は大阪芸術大学に進学。在学中に商業マンガ家デビューを果たし、卒業を待たずに拠点を東京へ。90年代半ばに北海道にUターンし、以降は札幌で旺盛な創作活動を続けています。2014年からは家業の経営にも携わるようになり、2019年には社長に就任。 マンガ家と社長業の両輪で、多忙な

    札幌に戻ったら「最強」とか考えなくなった――炎の漫画家・島本和彦さん【ここから生み出す私たち】 - SUUMOタウン
    akawakami
    akawakami 2020/07/30
  • 京都の元遊郭建築をリノベ。泊まって、食べて、働いて、が一つになった宿泊複合施設に行ってみた!

    2020年2月。京都に、ひときわ個性的な宿泊複合施設が誕生しました。その名は「UNKNOWN KYOTO」(アンノウン・キョウト)。ここはなんと、「ゲストハウス」「飲店」「コワーキングスペース」が合体した複合施設。しかもそれら建物はなんと貴重な元「遊郭建築」をリノベーションしたもの。どこか謎めいた雰囲気が漂う宿泊複合施設は、いったいどのようないきさつを経て生まれたのでしょうか。 「お茶屋」と呼ばれた元遊郭建築を、現代風に再生 訪れたのは、河原町五条の南東側。鴨川と高瀬川がせせらぎ、迷路のような細い路地が随所に張り巡らされた、京都のなかでもとりわけ古(いにしえ)のたたずまいが残るエリアです。京阪線「清水五条」駅や京都市営地下鉄烏丸線「五条」駅から至近で、かつ阪急「河原町」駅や各線「京都」駅など都心部からもぶらぶらと散歩するあいだに着いてしまうほどアクセスがいい場所です。 実はこの河原町五

    京都の元遊郭建築をリノベ。泊まって、食べて、働いて、が一つになった宿泊複合施設に行ってみた!
    akawakami
    akawakami 2020/03/23
  • 郡山の“オタクのサラブレッド”が、東京で「プリキュア」になるまで|でんぱ組.inc 成瀬瑛美 - SUUMOタウン

    インタビューと文章: 榎並紀行(やじろべえ) 写真:加藤岳 華やかなスポットライトを浴びる女性アイドル。東京で夢をかなえた彼女たちは、どんな街に生まれ、どんな風景を見て育ったのでしょうか? 地元の街を出て上京したアイドルに「ふるさと」での日々、思いを聞くインタビュー企画。今回ご登場いただくのは、アイドルグループ「でんぱ組.inc」の成瀬瑛美さんです。 ◆◆◆ 成瀬さんは福島県郡山市出身。「生まれる前からオタクだった」という少女は漫画家やアニメーターを志し、大学進学と同時に上京。しかし、ほどなくしてネットゲームにハマり、ひきこもり同然の生活を送ることになります。 その後、秋葉原のメイドカフェに居場所を見出し、アイドルとしてデビュー。その道はやがて、「プリキュアになる」という夢をかなえることにつながっていきます。 幼少期から現在までの成瀬さんの歩みを振り返るとともに、夢をかなえるきっかけとなっ

    郡山の“オタクのサラブレッド”が、東京で「プリキュア」になるまで|でんぱ組.inc 成瀬瑛美 - SUUMOタウン
    akawakami
    akawakami 2020/03/12
  • 最近は“僕の京都”を壊しにかかっているんです――小説家・森見登美彦さん【ここから生み出す私たち】 - SUUMOタウン

    インタビューと文章: 杉恭子 写真:浜田智則 創作しながら暮らす場所として、あえて「東京」以外の場所を選んだクリエイターたち。その土地は彼・彼女らにとってどんな場所で、どのように作品とかかわってきたのでしょうか? クリエイター自身が「場所」と「創作」の関係について語る企画「ここから生み出す私たち」をお届けします。 ◆◆◆ 第1回目の「ここから生み出す私たち」に登場いただくのは、奈良出身の小説家・森見登美彦さんです。 京都での学生時代に小説家デビューし、一時は東京に拠点を移した森見さん*1。現在は地元の奈良に戻って執筆活動をしながら、もう一つの仕事場がある京都との間を行き来されています。デビュー作以来書き続けている京都のこと、原風景としての奈良郊外の街への思い、そして「住むこと」と「書くこと」のかかわりについて伺いました。 京都を舞台にしたきっかけは「やけくそ」だった ――森見さんは奈良県

    最近は“僕の京都”を壊しにかかっているんです――小説家・森見登美彦さん【ここから生み出す私たち】 - SUUMOタウン
    akawakami
    akawakami 2019/08/27
  • 新南口界隈で暮らす渋谷は、これほどまでに住みやすかった。誤解される渋谷の正体は「富士そばの街」。 - SUUMOタウン

    著者: 辰井裕紀 僕は渋谷駅新南口のあたりに住んでいる。さらに2010年ごろから渋谷界隈で働いていたので、それ以来ずっと縁のある地域だ。 だから言いたい。「渋谷はみんなが思っているより、暮らしやすい」。 ハッキリ言ってみんなが想像する渋谷はハチ公口の騒々しいイメージだろう。だが新南口界隈は家賃が安く、閑静で人が住みやすい。それでいてすぐハチ公口にも出られるため、利便性にも事欠かない。 渋谷駅新南口界隈に住む。その大きな魅力をぜひ分かってほしい。 ハチ公口とは別世界、渋谷駅新南口 まず渋谷新南口を見てもらおう。若者の楽園・ハチ公口とは何もかもがちがう。 渋谷駅新南口 なにせ駅のすぐ前がこれだ 駅前はローソンマクドナルドとドトールと予備校、そしてベローチェがある、質実剛健の店構えだ。大声で騒ぎそうな若者の姿もない。 僕はこの新南口から歩いて数分の渋谷区東に居を構える。 静かな住宅街 東は渋谷

    新南口界隈で暮らす渋谷は、これほどまでに住みやすかった。誤解される渋谷の正体は「富士そばの街」。 - SUUMOタウン
    akawakami
    akawakami 2019/08/20
  • そうして僕は笹塚に助けられた - SUUMOタウン

    執筆: chocoxina 荷物はほとんど実家に置いてきた。 いちばん大きなリュック一つと、古物屋で買った1000円のトランク。その中にありったけの着替えと生活必需品を詰め込んだら、趣味のものが入る余地はほとんど残っていなかった。 不動産屋にもらった鍵で古びたドアを開け、風呂なしの6畳間にひととおりの荷物を放り投げる。ふう、とついたため息が部屋の寒さで白いかたまりになり、ほどなく隙間風にかき消された。 2月のある静かな夜、僕は笹塚に逃げてきた。 身一つの自分に、ディスカウントストアが優しい この場所に特別なこだわりがあるわけではなかった。 即入居可で、極力安い部屋があるところ。なるべく当時の仕事場から近く、交通費のかからないところ。実家の継母が年の離れた妹を口汚く怒鳴り散らす声や、僕の部屋の前を通るたびに発する悪態が聞こえないところ。家の不和をどうにもできない父が、僕に当たり散らしてこられ

    そうして僕は笹塚に助けられた - SUUMOタウン
    akawakami
    akawakami 2018/12/18
  • ジブリの秘密は“4階”にあった――「時間と空間」をめぐる、鈴木敏夫プロデューサーの50年【上京物語】 - SUUMOタウン

    インタビューと文章: 佐藤 譲 写真:関口佳代 進学、就職、結婚、憧れ、変化の追求、夢の実現――。上京する理由は人それぞれで、きっとその一つ一つにドラマがあるはず。地方から東京に住まいを移した人たちにスポットライトを当てたインタビュー企画「上京物語」をお届けします。 ◆◆◆ 今回「上京物語」にご登場いただくのは、スタジオジブリ・プロデューサーの鈴木敏夫さんです。高畑勲監督・宮崎駿監督と数々の作品を手掛けてきた鈴木さんは、1948年に名古屋市で生まれ、1967年に慶應義塾大学入学とともに上京しました。東京で暮らし始めて、およそ50年。学生時代は5回以上引越した一方で、結婚後は恵比寿の同じ家に40年以上も住み続けています。 インタビュアーの佐藤譲さんは、鈴木さんのもとで働いていたスタジオジブリ出身の編集者・プロデューサー。鈴木家の別階に住んでいたこともある、鈴木さんを公私ともよく知る方です。

    ジブリの秘密は“4階”にあった――「時間と空間」をめぐる、鈴木敏夫プロデューサーの50年【上京物語】 - SUUMOタウン
    akawakami
    akawakami 2018/10/18
  • 家賃を稼がなくちゃいけないから、ここまで描いてこられた――東村アキコさん【上京物語】 - SUUMOタウン

    インタビューと文章: 朝井麻由美 写真:関口佳代 進学、就職、結婚、憧れ、変化の追求、夢の実現――。上京する理由は人それぞれで、きっとその一つ一つにドラマがあるはず。地方から東京に住まいを移した人たちにスポットライトを当てたインタビュー企画「上京物語」をお届けします。 ◆◆◆ 今回「上京物語」にご登場いただくのは、マンガ家の東村アキコさんです。映像化された『東京タラレバ娘』や『海月姫』(ともに講談社)など、数々のヒットマンガを生み出した東村さん。1975年に宮崎で生まれ、大学進学で金沢、就職のため地元にUターン、マンガ家になって大阪、次に東京……さまざまな場所で暮らし、人生引越しした回数はなんと20回以上! 住んでいる地域と作品とが連動していることも多く、頻繁に引越しする理由と住む街の選び方には“哲学”があるようです。 そんな東村さんに、街と暮らし、そして引越し論について語っていただきま

    家賃を稼がなくちゃいけないから、ここまで描いてこられた――東村アキコさん【上京物語】 - SUUMOタウン
    akawakami
    akawakami 2018/06/22
  • 愛してるってこういうことを言うんじゃない?ずっと想い出と生きていく。わたしと仙川の物語。 - SUUMOタウン

    著: 永田ゆにこ 京王線・仙川駅の改札を出ると、目の前に桜の木があります。 桜が満開のとき、改札から出るとみんなスマホで写真を撮ります。この桜はもともと、駅前整備のため切られてしまう予定でした。でも当時の仙川の住民たちの集めた署名によって、一はそのままに、もう一は改札の前に移植され、今でもこうしてみんなに愛されています。わたしもこの桜の署名をしたひとり。2000年。上京した年でした。 地元長野から上京してきて初めて住んだ街、調布市仙川。東京で初めて住む街は親が決めました。学校が新宿だったのでアクセスがいいっていうのと……あとは知りません。気づいたら駅と家が決まってました。勝手に決められたこの街で、18歳からの多感な時期を過ごすことになります。 ストイックな部活に入ってしまったせいで甘酸っぱい青春なんか1ミリもなく、毎日毎日早くこの生活が終わればいいと過ごしていた高校3年間。どこを見渡し

    愛してるってこういうことを言うんじゃない?ずっと想い出と生きていく。わたしと仙川の物語。 - SUUMOタウン
    akawakami
    akawakami 2018/05/18
  • どこまでいっても家の続きみたいに居心地よい街「清澄白河」 - SUUMOタウン

    著: 白方はるか(鳩) 日曜日の夕方、清澄白河には観光客があふれている。ブルーボトルのコーヒーを片手に駅にむかって歩く若いカップルとスーパー赤札堂のレジ袋を両手に抱えて家にむかって歩く私、すれ違うたびに「彼らは今日どのお店をめぐったのだろう?」と気になってしかたがない。 清澄白河には美術館や公園がある。コーヒーショップや雑貨店も増えてきた。しかし実際に住んでみるとこの街に「あるもの」よりも「ないもの」に気がつくようになる。そして気がつくほどに、なぜか街への愛着が増してきた。 今日は住んでみて気がついた清澄白河の「ないもの」と、だからこそ気づいた街の魅力について紹介したい。 そんなにおしゃれな街じゃない 最近の清澄白河は「コーヒー」とか「アート」のような、おしゃれなイメージが強い。 しかしガイドブックのイメージに期待をふくらませて地下鉄の駅から地上に出たら、まちがいなくがっかりする。駅のまわ

    どこまでいっても家の続きみたいに居心地よい街「清澄白河」 - SUUMOタウン
    akawakami
    akawakami 2018/05/18
  • 東京で暮らすなら、いつも心に「不真面目」を――みうらじゅんさん【上京物語】 - SUUMOタウン

    インタビューと文章: 朝井麻由美 写真: 関口佳代 進学、就職、結婚、憧れ、変化の追求、夢の実現――。上京する理由は人それぞれで、きっとその一つ一つにドラマがあるはず。地方から東京に住まいを移した人たちにスポットライトを当てたインタビュー企画「上京物語」をお届けします。 ◆◆◆ 今回「上京物語」に登場いただくのは、みうらじゅんさんです。「マイブーム」や「ゆるキャラ」といった言葉の生みの親としても知られるみうらさん。1958年に京都で生まれ、18歳の夏、美大への進学を目指して上京します。そして予備校に通い、2浪を経て武蔵野美術大学に合格。在学中に『月刊漫画ガロ』でマンガ家としてデビューします。 東京で暮らし始めて40年ほど。三鷹や国分寺、高円寺、原宿など、さまざまな東京の街で過ごす中で、泉麻人さんや糸井重里さんらとの出会いをきっかけに「みうらじゅん」としての活動の幅を広げていきます。そんなみ

    東京で暮らすなら、いつも心に「不真面目」を――みうらじゅんさん【上京物語】 - SUUMOタウン
    akawakami
    akawakami 2018/03/22
  • 普通のOLが京都駅周辺に住み続ける理由 - SUUMOタウン

    著: にゃんこ 京都駅八条口 京都にある大学に通っていたけれど、京都自体に思い入れはなかった。 実家のある大阪は、特に仲良くしている友達もいないし、良い思い出もなく、京都より好きになれなかった。 これまでは親が育った大阪で私も育てられ、大学は家から通えるところしか行ってはいけなかったので、住む場所を選択する必要も理由もなかった。 しかし、大学を卒業すると同時に家庭の事情で家を出なければならなくなってしまい、どこに住むかなんて自分で考えたこともなかったので、当時付き合っていた彼氏が住んでいたからという理由で、勤務地が奈良県だったにもかかわらず、彼の家に近い「京都駅周辺」に住むことにした。 なるべく明るくて日当たりが良くて3点セパレートの部屋。京都駅周辺となると家賃が高そうでドキドキしていたけど、特にそういうわけでもなく。紹介してもらった物件を見に行って即決した覚えがある。 と、住み始めたころ

    普通のOLが京都駅周辺に住み続ける理由 - SUUMOタウン
    akawakami
    akawakami 2018/01/18
  • 元ジャンプ作家・鈴木信也さんが振り返る、「Mr.FULLSWING」などの漫画制作秘話と思い出の街 - SUUMOタウン

    マンガと文章: 鈴木信也 街の良さは、住んでみないと分からない 「歌は世につれ世は歌につれ」という言葉があります。 歌は世のなりゆきにつれて変化し、世のありさまも歌の流行に影響されるという意味ですが、ボクにとってその時描いていた漫画とその時住んでいた街、自分の生活や住環境が、その時々に描いていた漫画に影響を与えてきた気がしてなりません。 当はもっともっと、街とその時々に描いてきた漫画のエピソードは、描ききれないぐらいあります。 冒頭の平塚のくだりで30ページはくだらないぐらいいきそうですが、それだと完全に「平塚物語」となってしまいますので、泣く泣く割愛しました(平塚駅南口すぐ出たところの肉屋の10円コロッケはジャガイモが皮ごと入ってて豪快だとか、七夕まつりの滝口カバン店の飾りが毎年ガチで力入ってて楽しみだったとか、平塚ローカルネタはいっぱいありました……)。 平塚に20年住んだあと上京し

    元ジャンプ作家・鈴木信也さんが振り返る、「Mr.FULLSWING」などの漫画制作秘話と思い出の街 - SUUMOタウン
  • 酒と銭湯と古本と。三浦展さんが西荻窪を離れられない理由 - SUUMOタウン

    著: 取材・文:榎並紀行(やじろべえ)/撮影:森カズシゲ あなたは住む街に何を求めるだろうか? 社会デザイン研究者の三浦展さんの場合、それは「古屋」、「古道具店」、「銭湯」、そして「酒と美味しいご飯」だ。 「この全てを備えている街って意外とないんですよ。神保町界隈には古屋と銭湯はあるけど古道具店がない。神楽坂はおいしいお店は多いけどそれ以外がほぼない。だから、全部がほどよくそろっているこの街からは離れられないですよね」 この街とは「西荻窪」のこと。2006年、主宰するカルチャースタディーズ研究所の事務所ごと西荻窪に引越して以来、愛着を持って住み続けている。 三浦さんが愛してやまないというその街を、一緒に歩いた。 なぜ西荻なのか? 80万部のベストセラー『下流社会』『第四の消費』のほか、『スカイツリー下町散歩』『東京高級住宅地探訪』『東京郊外の生存競争が始まった!』などの著作がある三浦さ

    酒と銭湯と古本と。三浦展さんが西荻窪を離れられない理由 - SUUMOタウン
    akawakami
    akawakami 2017/08/08
  • 銀座の隣の「新富」で、東京のよそ者として生きる(著:田村美葉) - SUUMOタウン

    著: 田村美葉 地元の金沢から上京してきたのは2003年の春、18歳のころだが、大学生としての最初の4年間というのは、サークルとか、研究室とか、バイト先とか、随分狭いコミュニティーの中で過ごしていた。2003年なんてついこの間のようだが、iPhoneTwitterGoogle Mapもなかったので、今とは全然違う移動の仕方をしていたように思う。 目当ての駅についたら、地図帳の該当のページを広げて、目的地を目指す。ページの端にたどりついたら、番号をたよりに「次のページ」へ。東京はそんなふうに、B5サイズの四角い見開きの一つひとつとして分断されていた。 就職を機に、それまで住んでいた学生会館を出ることになった私が選んだのは、中央区の新富というエリアである。大学生協ご用達の不動産会社から送られてきた物件情報の中で会社に最も近いのがそこだったからで、ほぼ、間取図だけ見て決めた。 世界が、分断さ

    銀座の隣の「新富」で、東京のよそ者として生きる(著:田村美葉) - SUUMOタウン
    akawakami
    akawakami 2016/12/21