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個人blog記事と哲学に関するakihiko810のブックマーク (2)

  • 共感が人を殺す?他罰的想像力の倫理的欠陥、カミュ「異邦人」の倫理問題とニーチェの「奴隷道徳」 - grshbの日記

    2013-12-12 共感が人を殺す?他罰的想像力の倫理的欠陥、アルベール・カミュ「異邦人」の倫理問題とフリードリヒ・ニーチェの「奴隷道徳」 罪と罰と復讐 - 指揮者だって人間だ。 この記事を読んでインスパイアを受けたので書いてみます。 「異邦人」の倫理問題 「太陽が眩しかったから」 裁判で殺人の動機を問われた主人公ムルソーは逡巡の上でそう答えた。それを聞いた陪審員や検事、傍聴者は驚き、そんなことで人を殺したのかと彼に対する死刑判決を求める。彼らをそうさせたのは、ムルソーの殺人動機に対する共感性の低さだ。 「太陽が眩しかったなんて理由で人を殺してしまう人間は、頭のイカれたサイコキラーに違いない」 裁判に同席したムルソー以外の人間はそう考えた。しかしそれまでの描写から、ムルソーがそのようなサイコパスではないことは見て取れる。彼は彼なりのイデオロギーのなかで論理的に考え、その価値基準に

    共感が人を殺す?他罰的想像力の倫理的欠陥、カミュ「異邦人」の倫理問題とニーチェの「奴隷道徳」 - grshbの日記
  • 不完全性定理と直観主義 (1/4): 現象学Memo

    ゲーデルの不完全性定理は、関係を読んでみてもその解釈については様々である。 「数学」的側面はいいとしても、問題は「哲学」的側面である。 (この問題は数学面だけで理解することは難しく、哲学問題と平行する) 最も同意できたのは、直観主義者ブラウワーの次の言葉である。 「不完全なのは当たり前で、つまらない」 ※ 問題の性質により、内容や煩雑さから、ある段階の理解を前提にする § 経緯 不完全性定理は次のような経緯を辿っている。 発端は、ブラウワーの直観主義とヒルベルトの形式主義の数学の基礎づけ論争である。 ブラウワーはヒルベルトに対し、形式主義の「無矛盾性の証明など不可能である」と論文「形式主義に関する直観主義的考察(1927)」で警告する。 「形式主義数学をその無矛盾性の証明によって(内容的に)正当化することは、悪循環を含む」 ゲーデルはその「形式主義的な無矛盾性の証明が不可能である」ことを

    不完全性定理と直観主義 (1/4): 現象学Memo
    akihiko810
    akihiko810 2013/06/05
    ゲーデルの不完全性定理
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