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bookと50'sに関するakihiko810のブックマーク (3)

  • “負け犬”の伝説『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』 - エキサイトニュース

    これはすでに現存しない3つのものについて書かれたである。 1つは近世から日に存在していた武道の系譜、古式柔術と呼ばれるものだ。 もう1つは、その古式柔術の流れが絶えたことによって失われた技術である。そして最後の1つは、木村政彦という不世出の武道家の肉体、そして彼が体現していた精神だ。 なぜそれがこの世から消え去ったか。答えは簡単である。歴史とは勝者によって綴られるものであり、その意に染まないものは消し去られる運命にあるからだ。正史とはそうした記述の粛清によって成立したものであり、だからこそ非正規の歴史である野史が民衆によって語られていく。 だが積み重ねられた歳月は重く、昭和から平成に時代が移ったころには古式柔術の系譜とその技術、木村政彦の名が人々の話題に上ることも稀になった。しかしあるとき、歴史の悪戯のような事件がきっかけで失われたものたちが界面へと浮上し、再び光輝を放ち始めるようにな

    “負け犬”の伝説『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』 - エキサイトニュース
  • 『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』から : どーか誰にも見つかりませんようにブログ

    増田俊也著『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』(新潮文庫)の感想で、文庫化を待ってから読みましたが、なんという力作であるかという感想が先ず一つ。 文章量そのものも膨大で、上巻で515頁、下巻で616頁。しかし、退屈はしません。そればかりか日プロレス及び総合格闘技史に係る重要事項の殆んどが語り尽されてしまったかのような、最早、資料的価値として評価しなければいけないほどの内容になっており、とてもとても語り尽せない膨大にして緻密な内容でした。 これは個人的にも非常にスカッとしました。単純に、力道山対木村政彦という日人対決が実現し、そこで発生した力道山によるブック破り(プロレスの筋書を無視して木村をリング上で失神に追い込んだ)という事実を決定的なものとし、尚且つ、「真剣勝負で木村政彦が応じれば、力道山なんて叩きのめすことが出来たのだろうに、なぜ、あのようなブザマな負け方になったのか?」

    『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』から : どーか誰にも見つかりませんようにブログ
  • 親父たちの往復書簡(てがみ) 木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか

    「あれってどういうことだったのか?」いい年をして未だにそんな疑問を捨て切れない親父たちの戯れ言メールを、2005年に遡りブログ化してみました。色んな話題に首を突っ込んでいますので、カテゴリーメニューや全記事表示で興味のある記事を探していただけると幸いです。 不世出の柔道家木村政彦の評伝「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」(増田俊也著)を読んだ。 めちゃくちゃ面白かった。 木村政彦は漫画で知っていた。 高校の頃必死で読んだ「空手バカ一代」で大山倍達が力道山vs木村政彦の世紀の一戦に立ち会うシーンがあった。 力道山にやられ担架で運び出される木村に大山が言う。 「立て!立ってホテルまで歩いて帰れ」 吉川英治の『宮武蔵』で武蔵に腕の骨を砕かれた吉岡清十郎を戸板にのせて運ぼうとする吉岡道場の連中に「京の大路を戸板で帰れば末代の恥」と佐々木小次郎が言い放つシーンがあった。 武蔵好きの大山の創作

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