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ブックマーク / note.com/awaito (2)

  • 私の髪と体 振り返り|伊藤亜和

    件の卒業式コーンロウ事件がきっかけで、ふと自分の髪の歴史を思い出してみようと考えた。 まず、私の歴史は大きく2つに分けられる。 「縮毛矯正以前」と「縮毛矯正以後」である。 このサラサラヘアーを手に入れてから長らく経つので、時々自分でも忘れてしまうが私はもともとアフリカ仕込みの超カーリーヘアーなのだ。 まぁ、この写真は大人になってから撮影用に巻いてもらった時の写真なので、幼少期の再現のようなものなのだけれど、実際の髪もこんな感じだった。 小学生か中学生の頃、教科書に縮毛は優勢遺伝だと書いてあったので、ストレートヘアの母とカーリーヘアの父の間に生まれた私の髪がカーリーなのは必然なのであった。 周りの大人たちにはかわいいねぇ〜、と言われていたけれど、私自身はこのちぢれ毛のことは全く気に入ってはいなかった。みんなと同じようなヘアスタイルはできないし、櫛は何の役にも立たない。虫が迷い込んでそのまま死

    私の髪と体 振り返り|伊藤亜和
    amattarui
    amattarui 2023/06/20
  • パパと私|伊藤亜和

    パパと会わなくなって7年経った。 死んでしまったわけではない。パパは私が住む家から歩いて1分ほどの場所に住んでいる。でも会わない。 喧嘩をしたからだ。 私が18になったとき、私とパパは警察が来るほどの大喧嘩をして、それ以来いちども顔を合わせていない。 私のパパはセネガル人だ。アフリカの西の、イスラムの国の人間だ。 私の名には苗字がふたつ付いていて(戸籍上片方の苗字は名前扱いになっているけど)、パパの家系の苗字はセネガルの由緒ある聖人の家系の印として付けられているらしい。 パパが言ったことなので当かは分からない。でも実際、時々知らないセネガル人から「ごきげんようプリンセス」とメッセージが届く。くるしゅうないぞ。 今でこそ横浜の片田舎で祖母の作った鯛のあら汁を啜るどこにでもいるプリンセスこと私だが、パパと暮らしていた幼いころの家の様子はやはり他とは異なるものだった。 壁いっぱいに飾られた教

    パパと私|伊藤亜和
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