数々の名作を残した映画監督で脚本家のビリー・ワイルダーは、晩年のアカデミー賞授賞式で50年以上も昔の一言に感謝した。 ナチスの迫害から逃れようと、欧州から米国へ移住する際、メキシコの米領事館でビザを申請した。送還されれば命を失う危険のため、不安な思いの中、職員から仕事を尋ねられた。「脚本を書いている」と答えると、「いいのを書けよ」。あっさりと入国は認められた。 トランプを配る主人公が「愛している」と打ち明けるのに、彼を想い始めたヒロインは「黙って配って」と、答えをあえてはぐらかす場面。ワイルダーの名作『アパートの鍵貸します』のラストシーンである。交わしたこの言葉の心憎さは、本編を観ればうなずけるであろう。 ビリーは本当に「いいの」を書いたのである。 ビリー・ワイルダー(1906年~2002年)は50年以上映画に関わり、60本もの作品に携わった。ユダヤ系の両親を持ち、(現在の)ポーランド南部