読書ノート(ほとんど引用からなっています)ソクラテスはすでにこれを指摘しているが、たとえいかにすぐれた人であっても、父親となると、わが子の教育は十分にできないものである。非常に教育のあるおばあさんの実例をみたことがある。彼女は、孫むすめに計算と綴り字を教えることができずじまいであった。この逆説はいら立たせる。なぜかといえば、いつでも両親は先生に熱意がたりないと信じがちだから。それゆえ、わが子を教えようとして、熱意だけで十分でないのをたしかめると、親たちはおどろく。私にいわせれば、それどろこではないのだ。熱意こそかえって妨げになる。 …教育という技能の力は、われわれがそれを求めている場所には絶対にない。そこよりもっと下のほうにあるのだ。礼金をもらっている家庭教師があるとしよう。彼はきちんと時間通りにきて、時間一杯でさっさと帰っていく。…ここに現れているのは、曲げえない、同情を知らない秩序なの