ブレイク時からすると勢いが落ちたとは思うけど、 「依然としてやりたい奴が多い」という意味では流行っていると言えるんじゃないかな。
![ひろゆき、ニコニコ超会議で「Vtuberの流行は廃れた」と見解。流行りとは何か。しらたま氏『チェックして損した』](https://cdn-ak-scissors.b.st-hatena.com/image/square/2244f27b7aa18b6e97a01e259f9e936fd95b8fb9/height=288;version=1;width=512/https%3A%2F%2Fs.togetter.com%2Fogp2%2Fe10ab6208a4a7c869ee019bc3acb94c7-1200x630.png)
「指輪物語」、「ドラゴンライダー」、「氷と炎の歌」のような定番から児童文学の「エルマーとりゅう」に至るまで、ファンタジー小説のページをめくって最初に目に入ってくるのは舞台となる世界の地図であることが多い。読み進めて地名が出てくるたびに思わず地図を見直しているうちに、気が付いたら見知らぬ異世界の地理を覚えてしまうというのはファンタジーでしか味わえない「没入感」の仕掛けといえる。ゲームにおいても、『The Elder Scrolls V: Skyrim』のような広大なオープンフィールドから『The Witness』のこぢんまりとした島まで、『ACE COMBAT』シリーズのどことなく現実世界を連想させる「ストレンジリアル」世界から、『Civilization』シリーズや『RimWorld』のようなゲームが自動生成するマップまで、ファンタジーフィクションに欠かせない「地図」というのにはどこか人を
最近「障害」という言葉をよく本でみるようになった。障害ということばは軽々に使うべきではない。『共感障害』なんてもってのほかだと思う。「障碍」と書かないからセーフなのだろうか。個々人の特質や気質まで「障碍」にしてしまうことで安心感を得ようとするなよ。
僕が高校生のころ、テトリスのキーホルダーが流行った。5cmくらいのサイズで、実際テトリスが動く。これ、ポケットに忍ばせて学校に持っていけるゲーム機として、高校生にとっては最高の機能性を備えていたのだ。テトリスそのものより「学校でゲームをする」という体験に興奮したものだ。 あれから20年ほど。このたびあらためて入手してみたのだが、残念ながらあの頃の輝きは失われていた。いまやスマホを常時持ち歩いている時代。ゲームを隠し持てるというメリットも、ありふれたものになってしまったのだ。 平成の遺物となったポケットテトリス。もっと別の方向で活路を見いだせないだろうか。 ※この記事は2019年のゴールデンウィークとくべつ企画のうちの1本です。 インターネットユーザー。電子工作でオリジナルの処刑器具を作ったり、辺境の国の変わった音楽を集めたりしています。「技術力の低い人限定ロボコン(通称:ヘボコン)」主催者
世界中で大ブームとなっているノート術「バレットジャーナル」の発案者であるライダー・キャロル氏が初めて書き下ろした公式ガイド『バレットジャーナル 人生を変えるノート術』(ダイヤモンド社)が2019年4月18日(木)に発売されたのを記念して、4月20日(土)14時から銀座 伊東屋G.Itoya10Fハンドシェイクラウンジで、ライダー氏の来日トークイベント(主催:ダイヤモンド社/平和堂)が行われた(記事はこちら)。 バレットジャーナルとは、箇条書きを使ってメモし、記号や移動を活用しながら、思考・情報・タスク・時間・習慣・目標など、「自分」のすべてを主体的に整理・管理することができるもので、アメリカのデジタルプロダクト・デザイナーであるライダー・キャロル氏が編み出した独自のノート術。幼少期に注意欠陥障害(ADD)という発達障害の診断を下され、日常生活を送るのに苦労したことから、頭の中を整理するため
河野太郎さん肝入りの再生可能エネルギータスクフォース、中国関与疑惑や人選は大して追求されることなく自ら看板を下ろして幕引き図る
ケルト神話において「大釜」は神聖なものであった。大釜の中に入れられることで死者は再生し、豊穣、富、知などが与えられる。アイルランド・ウェールズ地方を中心として様々な伝承で語られ、後にアーサー王物語が生まれる過程でキリスト教的側面を与えられて「聖杯」へと受け継がれていく。 デンマーク・ユトランド半島のゴネストロップ(グンデストルップ)で1891年に発見された直径69センチメートル、重さ約9キログラムの大きな銀製の容器で、泥炭地に埋まっていた。紀元前二~一世紀頃、発見地であるデンマーク以外で作られたものと考えられている。同様の大釜は他にもデンマークのリンケビーからの泥炭地からも前一世紀頃のガリアのものとみられる青銅製の大釜の破片が発見されている。 「ゴネストロップ(グンデストルップ)の大釜」で特徴的なのは同時代最大の銀製品であることとあわせて、精密かつ美麗な装飾である。有角の神や戦闘ラッパなど
このシリーズは様々な人にインタビューして、だいたいはっきりしたパソコン版の『イース1』から、海外版PCエンジン版(TurboGrafx 16)の『イースⅠ・Ⅱ』までの通史として、出来るだけ当時の事情なども織り込みつつ、書いていこうというシリーズだ。だから85年あたりから話は始まり、90年5月で終わることになる。 ただし30年も昔の話で連絡が取れない当事者も多く「様々な人から聞いて、どうやらこうらしい」という部分が多々あり、こうだろうと推測して埋めているところもあるので、知っておられる方は遠慮なく教えてくれるととても嬉しい。 それからコメント欄は承認制なので「表にするな」と書いてくれれば、表にしません。 さて本文。 1987年の6月の終わりから7月初め、『イースⅠ』が発売され、他機種の移植の終わった橋本さん(他の移植は進行中)と大浦さんで『イースⅡ』のストーリーを考えるミーティングをしたとき
青銅器時代から鉄器時代へヨーロッパにおける青銅器時代のはじまりは、地中海地域で前3000年頃、アルプス以北ではまず前3000年から前2000年にかけて銅器時代があり、前2300年から前1800年頃にかけての時期に青銅器時代に移行した。まずボヘミアやアルプス地方を中心とした中部ヨーロッパで最初の青銅器文化(ウニェティチェ文化)が出現、二百年ほど遅れてアルプス西部、ローヌ河源流近くのフランス・スイス国境地帯と、アルモリカ半島ブルターニュ地方の二か所を中心とした西ヨーロッパでも青銅器時代が始まる。 前2000年ごろ、アナトリア地方中部で誕生した冶金術によって鉄器の使用が始まり、その担い手となったヒッタイト帝国が滅亡すると、鋳鉄技術の拡散がはじまった。おそらくインド・ヨーロッパ語族のドーリア人を通じて、黒海北岸に棲む騎馬遊牧民キンメリア人に伝わり、キンメリア人がスキタイ人に追われて中央ヨーロッパへ
歳を取ると弾丸出張もなかなか大変なのでありますが、瞬間移動というか反復横跳びのような出張をして疲労困憊しました。ま、そういう日程でいいやと思ったのは自分なので仕方がない。 で、それほど長くないフライトではあるものの本でも読みながら過ごそうと思っていると並びの席に座った中国人母子がものすごい勢いで機内で子どもに怒鳴っているんです。その向こう側に座っている、アメリカ人かカナダ人らしき二人組が「何が起こっているのか」「虐待か」みたいな感じで見ているんですけど、よく考えたらその隣に座っているのは日本人男性の私で、彼らからすればその中国人の母、子ども、同じく中国人くさい主人と思われていたんじゃないかと。違う。違うんだ、私は中国人ではないから。天安門事件、文化大革命。 とはいえ、気になるものは気になるので、他人でありつつもちらちらと見ると、どうもアメリカのどこかのスクールに入るために、英語で何かの論文
昼過ぎには休日出勤を終えて、赤レンガ倉庫のオクトーバーフェスっぽいもの(今はオクトーバーではない)に行こうという話が、仕事が長引いて行けなくなった。おれは平成最後の日の街なかを撮るつもりでいたのだが、結局は通勤路の写真を撮るだけに終わった。 平成は失意の時代であった。失意の、失墜の、失敗の時代であった。全ては失われた時代であった。おれにとってはそうであった。あなたにとってそうであったかどうかは知らないし、関係ないことだ。 おれの絶頂は小学生の昭和のころだった。平成は落ちるばかりであった。おれは昭和のサラリーマンになりたかった。土曜は半ドン、昼休みの屋上でバレーボール(よく考えたら危ない)。 来る令和はどんな時代であるのか。失われたものは戻らない。新たに得るものがあるとも思えない。いっそのこと、昭和が戻ってくれないか。第二昭和になってくれないか。とりとめのないことを思う。小雨が降ったり止んだ
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