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遙から どの仕事も続かず、50代になっても引きこもり状態だった知人男性が、最近働き始めた。宅配業務だ。数週間後、その男性が嘆くのを聞いた。 「上司は、人の働きたがらない早朝や深夜便ばかり俺に押し付ける。得手勝手な連中ばかりだ」 そりゃそうだろう。50代無職の未経験者を雇う立場を考えれば、とりあえずは人手の空き時間をそれで埋め、使い勝手のいい20代に最も長時間の希望時間帯を提供しようとするだろう。 「人を何だと思っているのか」と憤る男性に、「仕方がない。頑張ろう」と励ましつつ、この「俺様」意識がどの仕事も長続きさせない核になっていることに、本人はいつ気づくのだろうと思った。 自分の思う自分の社会的位置と、社会で値踏みされる位置は違う。自任と他者評価は違うことに疎いタイプが少なからずいる。 テレビ業界ではアシスタントディレクターという位置は、一応、低いことになっている。 諸々の雑用もこなす立場
最近、「ネットでみんな無料でコンテンツを発表するようになってタダでいくらでもコンテンツが楽しめるので、ライターとかミュージシャンとかが食えなくなってしまって文化衰退の危機にある」なんて話をときどき聞くけれど、僕はその話を聞くたびに短歌のことを思い出している。 10年くらい前の学生の頃に、短歌をよく作ったり短歌サークルに顔を出したりしていた頃があった(pha::home > 作品群 > 短歌)。短歌というジャンルはもうずっと昔からカネにならないのが前提で、短歌でカネを儲けようとする人もほとんどいなくて地味で小規模な世界なんだけど、でもそんな状況でもそれなりに新しい若い人が参入してきたり、いい歌が年々生み出されていったりしている。だから、全くカネにならなくてもそれなりに世界は回るしそれなりにいい作品が生み出されていくということを何となく実感として知っている。 ということを書こうと思ったのは、昔
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