男尊女卑の家庭で育ち、申し訳ないという気持ちだった ――豊田さんは過去のインタビューで、幼少期から自信がなく、自己肯定感の著しく低い子どもだったと仰っていましたよね。「著しく」と強調するほどかと驚いた記憶があります。 豊田 父がとても厳格な人で、常に謙虚であれと言われていたのと、昔ながらの男尊女卑思想だったので、ほめられた事がありませんでした。 ――男尊女卑というと、女こどもは下がっていろ、みたいなことを言うのですか。 豊田 そうですね、「男の子が欲しかったのに」と言われていたので、私は三姉妹なんですが、みんな、ずっと申し訳ないという気持ちだったと思います。家庭を平穏にしなければ、両親を喜ばせなければと、常に思っていました。 ――お父様は進学塾をされていたとか。 豊田 父は東大法学部を出て企業に勤めていたんですが、体を壊して辞めることになって、学習塾を始めたんです。子どもの私が言うのもなん
![「東大に入って初めて、楽に息ができると感じました」豊田真由子が振り返る“名門女子校・桜蔭時代” | 文春オンライン](https://cdn-ak-scissors.b.st-hatena.com/image/square/8645d0c887fcfd2ada52e84af2045c7c2d240d92/height=288;version=1;width=512/https%3A%2F%2Fbunshun.jp%2Fmwimgs%2F5%2Fe%2F1200wm%2Fimg_5ee25e40325f838ad709652720a35f1c85025.jpg)