仕事の打ち合わせから戻り、珈琲店のドアを開けると、ハヤさんが「いらっしゃいませ」ではなく、「おかえりなさい」と言った。 ちょうどお客が途切れたタイミングだったようだ。 なんとなく嬉しい気分でカウンターへ向かう途中、ふと、見慣れない物が目に留まって立ち止まる。 窓際のテーブル席の椅子の下に、小さな赤い靴が押しこまれていた。 「きっと、ランチタイムにいらしていた親子連れのお客様が、忘れていったのでしょう。気づかなかったな」 「仕方ないよ。まるで隠してあるみたいだもの。そのお子さん、帰りはベビーカーだったの?」 「いえ、歩きでした」 ではいったい、何を履いて帰ったのだろう。 「そういえば、僕が寸一だったころ──」 といって、ハヤさんが前世の昔語りを始める。 △ ▲ △ ▲ △ 天狗森で何か見つかったらしく、寸一が呼ばれた。 行ってみると、森の際に一本歯の下駄が、きちんと脱ぎ揃えてあった。 この森