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2010年2月3日のブックマーク (2件)

  • ■ - 偽日記@はてなブログ

    ●何かと「戦って(闘って)いる」と思っている時点で既に負けているんじゃないだろうか。このような形で今ある(決して敵の消えることのない)世界のなかで、どのように、戦うことを強いる磁力とは無縁に、生きることの可能な隙間をみつけ、あるいはそれを積極的に作り出すことが出来るのか、ということが問題なのではないか。つまり、敵を倒そうとしたり否定したりするのではなく、敵と同じ世界(同じ構造)のなかで、敵とはまったく別の原理によって振る舞うこと(それを可能にすること)こそが、それだけが、(積極的な創造としての)闘いなのではないか。そのための原理や、技術や配慮や機転が必要なのだ。 それは、積極的な何かを組み立て、作り上げ、自身の存在や生を支えるためのもので、何かを攻撃したり否定したり斬ったりするための(外向きの)武器ではない。「戦うこと」をモチベーションとしてはいけないのだ。 敵と和解せよ、ということではな

    ■ - 偽日記@はてなブログ
    bartleby0911
    bartleby0911 2010/02/03
    何かと「戦って(闘って)いる」と思っている時点で既に負けているんじゃないだろうか。「戦うこと」をモチベーションとしてはいけないのだ。
  • 甲野先生の最後の授業 - 内田樹の研究室

    甲野善紀先生を学の特別客員教授にお招きして3年。この年度末で任期満了となる。 2月1日から3日までの集中講義が甲野先生の学における最後の授業である。 ご挨拶に伺い、お稽古に加えて頂く。 ずいぶん多くの学生たち(および「にぎやかし」の合気道部員、杖道会員、OG、甲南合気会員)がミリアム館にひしめいて、さまざまな身体技法をあちこちで試みている。 甲野先生の講習会はだいたいこういうかたちで、「全級一斉」という指導法はなされない。 ひとりひとりが自分のペースで、自分の選んだ課題を試みる。だいたい数人のグループになって教え合ったり、批評し合ったりする。そのグループも固定していない。甲野先生が何か違うことを始めると、自然に解体して、また違う人たちとのグループが出来る。 自分の身体の内側で起きていることを「モニター」するというのが、稽古の基であるから、外的な規制はできるだけ行わず、ひたすら自分の内

    bartleby0911
    bartleby0911 2010/02/03
    だから、彼らは「この世に自分のような人間ができるだけいないこと」を願うようになる。 論理的には必ずそうなる。 その「呪い」はまっすぐ自分に向かう。