アメリカに留学したら、受け入れ先の高校の壁には巨大なキノコ雲のロゴ。バスケットボールコートの床にも、学校のTシャツにも、キノコ雲は誇らしげに描かれていました。10か月後、帰国を控えた18歳の高校生は、異を唱えました。「私にとって、キノコ雲は…」 声をあげた高校生と、それを支えた人たちの話です。(国際部記者 濱本こずえ) アメリカ西部ワシントン州のリッチランド。この町には長崎に投下された原子爆弾のプルトニウムを生産した歴史があります。戦後も核関連の産業が盛んで、「原子力の町」とも呼ばれてきました。多くの住民はその歴史に誇りを持っていて、「Atomic(原子爆弾は英語でAtomic bomb)」という言葉は日常にあふれています。 この町の高校に交換留学で通うことになったのが、福岡県出身の高校3年生、古賀野々華さんです。去年8月に初めてこの町を訪れました。
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