タグ

書誌に関するbizkatuのブックマーク (2)

  • 結論から言えば、参考文献リストは長いほどいい/文献収集が論文執筆にもたらす4つのご利益

    読めもしない冊数を並べても飾りにもならない、と考える向きもあるが、笑止。 文献はただ集めるだけでもご利益がある(そして大抵はそこで終わらない)。それを説明しよう。 1.文献を集めている間に理解が進む 文献を集めるには、それらの内容(コンテンツ)と背景(コンテキスト)を理解し、複数の研究の間の関係を把握する必要がある。 そして逆もまた真。 文献が集まってくると、いつの間にか自分の理解が進んでいる。例えば見えにくかった背景(コンテキスト)についての感度が高まってくる。 文献をリストにして整理しているだけでも違う。 タイトルやサブタイトルに繰り返し登場するキーワードは、その領域に中心的課題に関連する用語だろう。 文献を時間順に並べたものを眺めると、その領域での関心の推移がほの見える。 同じ著者の文献をまとめて時間順に並べることは、その領域の中心的研究者の個人史と研究分野の歴史について考えるきっか

    結論から言えば、参考文献リストは長いほどいい/文献収集が論文執筆にもたらす4つのご利益
    bizkatu
    bizkatu 2010/12/03
    なるほど。書評ブログも同様なのだろうか。
  • 書評を読むな、書誌を読め/存在すら知らぬ本を探すための本

    ほとんどすべての推薦書リストに、を探すためのは登場しない。 大抵の読書論は、書誌の存在にすら触れない。 あらゆる書物はつながり合っているというのに、多くの書評は一輪ざしのようにただ一つのだけを掲げる。 書誌を知らぬ読書家は、海図を持たない船乗りに等しい。 そうした船乗りもまた海に出ることはできよう。だが、彼の海路は、陸から離れぬ域にとどまる。 読書に置き換えて言うなら、宣伝や書評に「教えて」もらわなければ、何を読むかも決められない読みに相当する。 書誌は、あるテーマについて(ある分野や人物についてのこともある)、世の中に存在する文献の一切合切を集めようとしたリストだ。 人がなすことに元より完全なものはない。すべての文献を集めることは事実上、不可能だ。あらゆる書誌には、載せるべきであったいくつもの文献が欠けている。その意味でも、すべての書誌は未完成である。また、決して完成しないという

    書評を読むな、書誌を読め/存在すら知らぬ本を探すための本
    bizkatu
    bizkatu 2010/11/17
    参考にしたいですね
  • 1