Kay こと慶伊道彦のCoffee Break オールドムービーファンにもヘップバーンファンにも絶大な支持をされる映画 “ティファニーで朝食を” 我らアイビー派にとっても最高点をつける映画。とにかく共演のジョージ・ペパードのスタイルに唸るしかありません。それを見直す為にだけ何度観たことか! ヘップバーンがタイトルシーンから、魅力一杯の愛らしさ。5番街、ティファニーの前でタクシーを降りる姿は、ジパンシースタイル。ため息の出るシーンですが、原作者 ”CAPOTE” のストーリーでは、都会ズレしたアバズレな印象で語られていましたが、ヘップバーンを起用する事で、そのあたりの印象を弱めた事が功を奏してオシャレでエレガントな映画に仕上がっていました。 では、ジョージ・ペパードのアイビースタイルを中心に見てまいりましょう。 ヘリンボーンツィードジャケット、60年代映画では、多くの俳優が着こなしていますが
ビームス クリエイティブディレクター 中村達也さん 1963年新潟県生まれ。ビームスのドレスクロージング部門を統括し、世のトレンドを牽引。ブレザーは大好物で、現在7着を所有。 「ブレイキングルールこそブレザーの歴史」(中村達也さん) M.E. 各時代のファッションの潮流を知るお二人に、ブレザーの変遷について伺いたく、本日はお越しいただきました。お二人は最初にブレザーを着たときのことを覚えていますでしょうか? 綿谷 寛さん(以下綿谷さん) 僕が初めて買ったのは19歳のときで’76年くらい。この頃は『メイド・イン・USAカタログ』の影響で、トラッドの人気が再燃していた。ブランドはやっぱり、VANあたりだったのかな。3つボタン段返りで、オーソドックスなブレザーでした。 中村達也さん(以下中村さん) 僕も’70年代の終わり、高校生のときに着た覚えがあります。世の中ではヒッピーやピーコックといった派
一昨日は父の日でした。 私の父は既に他界しておりますので、義父に気持ちを送らさせて頂きましたが 今年も喜んでもらえて良かったです。 御子息!? と並んで仲睦まじい姿です。イラストながら 目元などそっくりですね。 その御子息はダブルのネイビージャケット(ブレザー)にレジメンタイ。 ゆったりと太いシルエットのホワイトトラウザースがとてもエレガントに決まっています。 私の愚息は、こんな格好をする時が来るのでしょうか(笑)! 今週は、長きに渡り ずっと御贔屓にして頂いております N様より BESPOKE での御注文を紹介させて頂きます。 いつも仲良く ご夫婦でご来店されるN様は、優雅でとても素敵な方々で御座います。 感謝しても しきれぬ程に大変お世話になっております。 N様は もう本当に沢山の洋服をお持ちでおられます。 クラシックな押さえるべきワードローブは既に充分お揃いで御座います。 『 誂える
紺ブレ。 もしかしたら今は死語になっているでしょうか・・・ 紺ブレとは金ボタンのネイビーのブレザーのこと。 我々世代は、80年代後半から90年代前半に空前のブレザーブームを経験しているので、とても馴染みのあるアイテムです。 当時ビームスでもフランスの OLD ENGLAND のブレザーやBEAMS Fのオリジナルのブレザーが大ヒット。 いくら追加オーダーをしても追いつかないくらい大ヒットしたアイテムでした。 因みに、所謂ブランドモノでは RALPH LAURENのブレザーが特に人気で、当時多くの人たちが着ていた印象があります。 あまりの人気にマーケットで慢性的な品薄状態が続き、普通のネイビージャケットだけでなく、ネイビースーツの上着のボタンを付け替えたりして売っているところもありました。 そして、それでも品薄状態は解消されず、手芸店やボタン屋さんで金ボタンを買って付け換える人が増えると、つ
人生を共にする「一着」を。 設立60周年を迎えた私たちNEWYORKERが、 お客様と紡いできたもの。 それは、手にしていただいた服への思いを 共有してきた時間です。 時代のエッセンスを取り入れながら、デザインに、クオリティに 自信をもったトラディショナルプロダクトを 提案し続けること。 そして、お客様一人ひとりに寄り添ったおもてなしの心で、 永く愛用できる服と出会っていただくこと。 これまでも、これからも。 袖を通す人に愛着をもたらし、 その思いを次の誰かに伝えたくなるような そんな人生と深く関わる一着をお届けしていきたい。 さらに続く、100年ブランドを目指して、 NEWYORKERはお客様と共にあり続けます。 おかげさまで60周年
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