葛飾北斎の名前が全国に知れ渡るきっかけとなったのは、数え45歳の頃から本格的に取り組むようになった「読本よみほん挿絵さしえ」です。読本よみほんと言えば、『南総里見八犬伝』がその代表でしょう。日本の伝説や歴史を題材とした伝奇的要素の強い小説のことで、時には数冊、場合によっては数十冊にもわたってストーリーが繰り広げられました。読本は、基本的には文字で構成されていますが、時折、物語の一場面を絵画化したものが挿し込まれます。その挿絵はモノクロの画面で、錦絵のように鮮やかな色はありませんが、隅々まで緻密に描かれており、ストーリーを盛り上げます。 読本『椿説弓張月』の挿絵。燃え盛る炎が墨の線で表現されている。葛飾北斎は、小枝繁や柳亭種彦など、さまざまな戯作者が執筆した読本に挿絵を描きましたが、その中で最も作画量が多かったのが、曲亭きょくてい馬琴ばきんの読本です。 曲亭馬琴は、滝沢馬琴という名前の方が馴