訃報ほど、人を厳粛な気分にするものはない。年齢が近ければ尚更だ。俺より年上なら三島由紀夫、高橋和巳、ジョン・レノン、年下なら尾崎豊、カート・コバーン……。同世代の者は、彼らの死と自らの来し方を重ね、生きる意味を問い直したことだろう。 俺にも衝撃的な死があった。25年前のこの日(18日)、ジョイ・ディヴィジョン(以下JD)のボーカリスト、イアン・カーティスが自ら命を絶った。俺と同じ1956年生まれで、享年23歳である。JDは当時、日本では無名であり、イアンの死を知るまでタイムラグがあったと記憶している。「24アワーズ・パーティ・ピープル」の項(3月11日)と一部重複するが、JDとイアンについて、以下に記してみたい。 内向きの音を指向したJDは、77年にデビューした。時節柄、パンクに分類されたのは致し方なかったといえる。ヴェルヴェット・アンダーグラウンド、デヴィッド・ボウイ、クラフトワークから