宮城県石巻市は22日、設計委託費や消耗品購入費など計約1億2600万円を131の企業・個人に誤って二重送信していたと明らかにした。市は送金先に返納の手続きを依頼している。 市によると、会計課の職員が14日午前9時半ごろ、課内のパソコンを使い、金融機関の振り込みサービスを担う関連会社に口座振り込みのデータを送信した。 その際、プリンターから自動的に出てくるはずの送信結果が印刷されず、送信されていないと思い込んだ職員がデータを再送信したという。印刷されなかったのは、プリンターの電源が入っていなかったのが原因だった。 二重振り込みは金融機関から企業・個人に現金が振り込まれた16日に発覚。市は電話や訪問で返納を求めており、21日までに約3518万円を回収した。 市は今後、口座振り込みのデータを送信する際は管理職を立ち会わせる方針。 亀山紘市長は開会中の市議会6月定例会で「関係者にご迷惑を
記録的豪雨で浸水した家の片付けに追われる宮城県大崎市古川西荒井地区などで、やじ馬とみられる人が無断で敷地に入り込み、被災者をいら立たせている。古川署は不審者に対する警戒を強め、特命班を編成して被災地域を巡回している。 渋井川の堤防決壊現場に近い西荒井上田の農業相沢正悟さん(67)宅には、13日だけで20台以上の自動車と約20人の見知らぬ人が入り込んだ。断りもなく屋敷内を歩き回り、家の中を無遠慮にのぞき込むという。 相沢さんは「やじ馬というより不審者だ。日中に16人まで数えた。未明の午前2時、3時にも入ってくる」と憤る。 近くの主婦(42)も侵入者に悩まされている。「高校生の息子が『何ですか』と出ていくとパーッといなくなる」と言う。「息子が学校に行っている平日が怖い。昼食後に休む時は倉庫まで戸締まりする」と表情を曇らせた。 渋井川の堤防上で、決壊箇所の補修現場に入る車を規制する男性警
「嵐」に備え 高速バスやJR増便 人気グループ「嵐」が秋の大型連休(19~23日)中の4日間、宮城県利府町の宮城スタジアムで大規模コンサートを開催するのに合わせ、東京から仙台に乗り入れる高速バス会社やJR東日本が、増便などの対応を迫られている。女性専用バスや席数を増やした車両も導入し、延べ20万人とされる異例の動員に備える。 東京-仙台線を運行する東北急行バス(東京)は期間中、1日上下計10本を定期運行するほか、連休前日の18日から6日間で計62本を臨時で走らせる。 同社は例年、9月の連休は需要に合わせて他の都市にも臨時便を運行しているが、今回は東京-仙台線だけを増発した。嵐ファンを中心に、席はほぼ100%埋まっているという。 同社の担当者は「運転手もバスもフル回転状態。もっと増やしてほしいという要望はあるが、これ以上の増便は無理」と説明する。 JRバス東北(仙台市)は連休中、東京
メニューの1例で、オクラとナスの豚肉みそ炒め定食と、コーヒー、おからと枝豆のケーキのセット。20分以上かけて食べることを提唱する 秋田市中心部に昨年末開店した「あきたタニタ食堂」の客足が思ったほど伸びず、苦戦を強いられている。首都圏では人気の塩分を抑えた定食が、塩分摂取量が多く、濃い味を好む秋田県民の嗜好(しこう)と合わないことなどが要因とみられる。同食堂は健康食になじんでもらおうと、独自に開発したスイーツをメニューに加えたり、「健康カフェ」を開いたりといった試行錯誤を重ねる。(秋田総局・橋本智子) <調味料は置かず> 食堂は、タニタ食堂の定食が味わえる東北初の店舗。核テナントの撤退が相次ぎ、昨年末にリニューアルした市中心市街地再開発地区「エリアなかいち」の商業ビルの目玉テナントとして入居した。タニタとフランチャイズ契約を結んだ秋田市の「あきた食彩プロデュース」が運営する。 定食は薄味
<大川小>「保存」、「解体」上回る 復興協アンケート 東日本大震災で児童と教職員84人が犠牲になった石巻市大川小の被災校舎について、地元住民組織「大川地区復興協議会」は8日、全体説明会を開き保存の是非を話し合った。参加者から解体、保存それぞれの意見が出され、終了後に集約したアンケートでは保存が解体を上回った。協議会は20日、委員約50人で会合を開いて方向性を検討し、地元の意見をまとめる。後日、市に要望する方針。 協議会は校舎周辺を「鎮魂の森」として整備する復興計画案を提示した。校舎については(1)全部を解体して跡地に平面図を復元。タブレット端末などで校舎の写真や映像が見られるようにする(2)低学年の学習棟など一部を保存する(3)全部残す-の3案を示した。 住民126人が出席し、3案に対し意見を述べた。全部の解体を求める住民からは「あの場所で家族が亡くなり、通るたびつらい。あんな廃虚より
出所不明「マッカーサーの言葉」広報に掲載 名取市の佐々木一十郎市長は2日の市議会2月定例会の一般質問で、昨年12月号の市広報コラムに、連合国軍のマッカーサー司令官の証言だとして引用した文章が出所不明で誤りがあったことを認め、謝罪した。 市長は、1951年5月3日の米上院軍事合同委員会公聴会でのマッカーサーの証言の抜粋として書いた。「先の大戦はアメリカが悪かったのです。日本は自衛戦争をしただけです」「東京裁判はお芝居だったのです」などと続く。 市長はインターネット上の文章を引用しており「内容を検証せず掲載し、ご迷惑をかけたことをおわびする」と謝罪。「戦後70年の節目に平和や愛国心を考えるきっかけになればと思った」などと釈明した。 質問した市議は「戦争の美化は許されない。引用は市長がそういう思想を持っているからではないか」と釈然としない様子だった。 2015年03月03日火曜日
満期出所直後に男逮捕 脅迫容疑 宮城県警 「仙台市民を殺す」などと脅したとして、宮城県警捜査1課などは21日、脅迫の疑いで、本籍東京都、無職長谷川信治容疑者(49)を逮捕した。長谷川容疑者は服役していた秋田刑務所(秋田市)を満期出所した直後に逮捕された。 逮捕容疑は宮城刑務所(仙台市若林区)に服役していた2013年5月中旬、40代と50代の男性刑務官2人に対し、「殺す。無理ならば、通り魔となって仙台市民を殺害する」といった内容の手紙を法務省矯正局に郵送し、脅した疑い。 捜査関係者の話では、秋田刑務所に移送される前の宮城刑務所で、処遇をめぐって担当刑務官らとトラブルになっていたという。 捜査関係者によると、長谷川容疑者は11年前に都内であった強盗事件で懲役10年の実刑判決を受けた。21日午前9時すぎ、出所した直後の秋田刑務所の門付近で、宮城県警の捜査員に逮捕されたという。 2015年0
入試偏差値、算定できず 原発事故で避難の相双地区8高校 原発事故でいわき市に移転して授業を再開した双葉高。定員割れで偏差値が算定不能になった=いわき明星大 福島第1原発事故で移転した福島県相双地区の県立高8校の入学試験の偏差値が算定不能になっていることが分かった。移転に伴う規模縮小と定員割れで算出できなくなった。受験業界は事故前の偏差値を据え置いて表示しているが、見掛けの数字で実態を反映していない。 8校は小高工高、小高商高(福島県南相馬市)、相馬農高飯舘校(福島県飯舘村)、双葉高(福島県双葉町)、浪江高、浪江高津島校(福島県浪江町)、双葉翔陽高(福島県大熊町)、富岡高(福島県富岡町)。避難区域指定で福島県いわき市などに移り、仮校舎で授業を再開した。 8校は2012年度の入試から定員を最大で4分の1に減らしたが、それでも全校で定員割れが続いている。 県内の高校の偏差値を算定している福
人手不足で暴力団暗躍 宮城県警摘発・除染違法派遣事件 福島第1原発事故に伴う除染作業員の違法派遣事件は、大手ゼネコンの工事に暴力団が介入したとみられる暗部を浮き彫りにした。ゼネコン各社は通常、信頼の置ける協力会社を下請けにして暴力団排除に努めるが、事件では正式な契約を結ばない下請けが入り、抜け道となった。東日本大震災の復興事業の人手不足が背景にあり、ゼネコン関係者は「素性の分からない業者に仕事が回っている」と危機感を募らせる。 事件の舞台となった福島市発注の除染事業は東京の大手ゼネコンが元請けだった。市に提出した資料には東京の1次下請けや宮城県大河原町の2次下請けの名前が記されていた。 関係者によると、実際は2次下請けが宮城県岩沼市の建設会社に労働者の派遣を要請。建設会社側は昨年秋ごろ、当時の指定暴力団系幹部で人材派遣業西村満徳容疑者(67)=労働者派遣法違反容疑で逮捕=に人集めを頼ん
英空港に置き去り 仙台の男性、旅行会社を提訴 添乗員付きの欧州ツアー旅行で英国のヒースロー空港に置き去りにされ、精神的苦痛を受けたとして、仙台市若林区の50代男性が4日までに、ツアーを計画した大手旅行会社阪急交通社(大阪市)に慰謝料など計40万円の損害賠償を求める訴えを仙台地裁に起こした。 男性の代理人によると、同様の訴訟は珍しい。男性は「会社は責任を認め、過失のない旅行客の立場に配慮した対応をしてほしい」と強調する。 訴えによると、ツアーには男性ら26人が参加。ことし1月、スペインやポルトガルを訪れ、ヒースロー空港で帰国手続きを取った。テロ警戒で手荷物検査が厳しく、男性と女性添乗員、女性客の計3人が無作為で選ばれ、再検査を受けた。 添乗員と女性客は先に再検査を終え、搭乗ゲートに移動。添乗員は男性が遅れる旨をゲートの係員に知らせた後、係員の指示で成田空港行きの航空機に移った。男性も再
民主岩手県連、事務所を新党に明け渡し 小沢王国でお家騒動 民主党岩手県連が小沢新党に明け渡しを予定する現在の事務所=盛岡市大通3丁目 小沢一郎氏(衆院岩手4区)の民主党除名と新党「国民の生活が第一」結成を受け、民主党岩手県連は8月中旬にも、盛岡市内の県連事務所を新党に明け渡し、近くのビルに移転する。民主党を去った離党組が事務所にそのまま残り、残留組が退居する皮肉な形となった。 県連事務所は盛岡市中心部のビル5階にある。もともとは1995年11月、新進党県連会長だった小沢氏個人の盛岡事務所が別の場所から移転する際、県連事務所を兼ねて開所した。 新進党の解党後は小沢氏率いる自由党県連が使用していたが、自由党と民主党が合併した2003年、民主党県連が移ってきた。小沢事務所の看板はこの時に外されたという。 03年以降は民主党名で借りているが、同党ベテラン県議は「経緯からいっても小沢氏の個人事
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