三千万人の犠牲 そうした心理を想像する準備として、その歴史を振り返ろう。たとえば1812年6月のフランスのナポレオンはロシア遠征を開始した。優勢なフランス軍との勝ち目の薄い正面衝突を避けロシア軍は国土を焦土にしつつ後退した。家を焼き、井戸を埋めながらの撤退であった。フランス軍にロシアの国土を利用させないためである。そして首都モスクワさえ放棄した。 やがて冬になると「冬将軍」と呼ばれるロシアの厳しい寒さがナポレオンのフランス軍を襲った。補給の切れ動きのつかなくなったフランス軍をロシア軍が攻撃した。ロシア軍はパリにまで進撃した。ナポレオンの没落の始まりであった。 20世紀になってロシア帝政が倒れソ連(ソビエト社会主義連邦共和国)が成立した。このソ連を1941年6月ナチス・ドイツが奇襲した。ナイフでバターを切るようにと表現されたドイツ軍の快進撃が続いた。しかし冬になるとソ連軍が反撃に出てモスクワ