イエロー・サブマリン Mと再会したのは、僕がロンドンに一ヶ月ほど住んでいた頃の事だ。その頃の僕は日本を離れ、ローマを拠点に生活していたのだが、妻が用事を済ませるためにロンドン経由で日本に帰るというので、せっかくだからと途中まで同行し、単身者用のフラットを借りて長編小説の仕上げに取り組むことにした。家賃の割にしっかりと手入れされており、小ぶりながら機能的なキッチンも付いた部屋だったのだが、深く身にこたえる寒さだけが計算違いだった。ほとんど震えながら、文字通りかじりつくようにして机に向かう毎日で、2、3日に一度、目当てのコンサートを見つけては通うのが、数少ない楽しみの一つだった。その中のある会場へ向かう途中で、偶然Mと会った。「村上さん?」「ええ」 呼び止められた僕は、曖昧な会釈を返した。顔を見てすぐに思い浮かぶほどの長い付き合いではなかったし、なにしろ不意の事だったからだ。大学時代の知り合い