社団法人大日本言論報国会(だいにほんげんろんほうこくかい、だいにっぽんげんろんほうこくかい[注釈 1])は、1942年(昭和17年)12月23日に、大東亜戦争遂行のための言論統制を担当していた情報局の指導のもとに設立された団体[1]。情報局の外郭団体であり、戦時下における事実上唯一の評論家団体であった[2]。 1942年5月に設立された日本文学報国会が、数多くの文学者を網羅的、半強制的に会員としたのに対し、この大日本言論報国会は、戦争に協力的とされる評論家たちの中から、情報局職員の立会いのもとで会員を選んだ[1]。これら会員は情報局や軍部の庇護の下で新聞・雑誌で戦争遂行キャンペーンを展開し[1]、一方で、言論報国会が中心となって『思想戦大学講座』(1944年)などを編纂した[1]。 沿革[編集] 前史[編集] 前身は、1940年(昭和15年)に設立された「日本評論家協会」である。 1939