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ブックマーク / macska.org (33)

  • macska dot org » Blog Archive » わたしは左翼であるのかないのか、あるいは経済学をこのブログで取り上げる理由

    最近、このブログのコメント欄や別ブログの方でちょっとくだらない議論をいくつかやってしまったのだけれど、その中でわたしのことを「左翼」と決めつける人がいたり、また別の人が「左翼とは思わない」と書いたりと、わたしの政治姿勢そのものが議題となった。また、どちらのブログにおいても経済学に関連した話題を取り上げることが最近増えており、なぜフェミニズムやセクシュアリティなど社会的公正の問題を中心的に扱っているブログにこうして経済学の話が頻出するのかと疑問に思っている人もいるのではないかと思う。来わたしがどういう思想の持ち主であっても言っている内容を議論するのに関係ないだろうとは思うのだけれど、左翼フェミニストだから云々と「隠れた意図」まで想像されてあれこれ言われているようなので、今回はそのあたりを以前にも軽く取り上げた Thomas Sowell『A Conflict of Visions: Ide

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  • フェミニズムと異性愛中心主義:上野千鶴子さんとの対話報告 - macska dot org

    Filed under feminism, queer Posted on 2006/08/31 木曜日 - 02:00:40 by admin You can leave a response, or trackback from your own site. http://macska.org/article/152/trackback/ 46 Responses - “フェミニズムと異性愛中心主義:上野千鶴子さんとの対話報告” oji Says: 2006/08/31 - 06:31:21 - 興味深いやりとりのご報告を読ませていただき、ありがとうございます。 >自分の中に潜む異性愛中心主義に正面から向き合うことにはならず 自分の「中に」であれ、他人の「中に」であれ、「潜む」なにかを問題化するのは行き過ぎではないか、と個人的には思います。外にあからさまに出ているそれこそ「言説」をその

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  • 世界一単純なアファーマティブアクションの解説

    アファーマティブアクション、あるいはポジティブアクションとか積極的格差是正措置みたいな言い方もされるけれど、こんな単純な話をよく理解しないまま賛否を議論している(大半は反対論だけど)人が多いように思う。そこで今回は世界一単純にそのあたりを解説するので、賛成か反対かはとりあえず棚上げしてアファーマティブアクションの論理を理解して欲しい。賛成とか反対とか言う前に、何について議論しているのか理解していなければ意味無いものね。ただ、論理は単純だけどそこから先はちょっと頭を使って考える必要があります。それから、ここ試験に出ます(ウソ)。 いきなり一言で言ってしまうと、要するにアファーマティブアクションというのは、陸上競技で内側のトラックを走る選手よりも外側のトラックを走る選手がより先の位置からスタートできるというルールと同じ。もちろん陸上競技ではトラックの円周を計算したり実際に測ったりすることで「誰

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  • 同性間DVの取り組みから学んだ「公共的想像力」(ミーガン法 Part 6) - macska dot org

    まえのエントリでわたしが「当に性暴力を無くすためには、『自分も加害者になっていたかもしれない』という想像力を持つことが必要である」と書いたのに対し、なんばさんから個人的あるいはリベラリズムという観念的なレベルでは同意するとしつつも、現実に小児性愛やサディスティックな欲望とも無縁な「一般の善良な人」にそういう想像力を求めるのは無理ではないかというコメントがある。さらに、そのなんばさんの発言を読んだ matuwa さんも、もとからリベラリズムの立場に共感している人以外の人たちに納得させるのは難しいというコメントをしている。なんばさんの発言については先にレイ・ワイヤ&ティム・テイト著「なぜ少女ばかりねらったのか」の話題の方にコメントしてしまったけど、この話題も重要なのでもう少し考えをまとめてみる。 なんばさんの図式に入れて考えてみると、わたしは小児性愛者でもないし、サディスティックな性的欲望も

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    cohal
    cohal 2010/08/31
  • macska dot org - 開設1周年を迎える「ミーガン法のまとめ」サイトの懺悔

    今年ももうほとんど終わり。去年のこの時期に起きた事件と言えば奈良の少女誘拐殺害事件だけれど、その後も幼い子どもたちに対する性暴力や殺害といった犯罪が繰り返し大きく報道された一年だった。1月に奈良の事件で容疑者として過去にも子どもの性的搾取で逮捕された経歴のある男性が特定されると、「子どもたちを守るため」という口実でミーガン法をはじめとしたネオリベラリスティックな社会政策を求める世論が沸騰する恐れを感じたので、それに対抗するために数日のうちに「ミーガン法のまとめ @ macska dot org」というサイトを作り上げてミーガン法を導入すべきでない客観的な根拠を挙げた。 ところでわたしは、当時どうすれば一番ミーガン法への要求を逸らすことができるかと考えて戦略的にあの「まとめ」を作り上げたのだけれど、そうして出来上がったサイトの内容は決してわたしが満足できるものでもなければ、わたしが当に主張

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  • 北米社会哲学学会報告6/同性婚論争と「トランスジェンダーの結婚」の合法性 - macska dot org

    学会でさまざまな発表を聞きながらとった35ページのメモを元に二ヶ月に渡って続けてきた「北米社会哲学学会」報告も、今回でついに最終回。連載を最後まで書き上げたこともそうだけど、二ヶ月後になっても自分が理解でき内容を思い出せるようなメモを書いた自分を褒めてあげたい。ていうか誰か褒めてよ! というのはともかく、今回は「同性婚」をめぐる論争に「トランスジェンダー結婚」がどう関わるかを取り上げた発表を紹介する。発表者はハンボルト州立大学(カリフォルニア州)哲学部講師の Loren Cannon という人だが、かれはFTMトランスジェンダー当事者でもあり、ハンボルトで女性学を教えているわたしの友人の知り合いだったと後で分かった。 かれが「トランスジェンダー結婚」として扱う中にはもちろんいろいろなパターンがあるが、パートナーの両方がトランスジェンダーの場合と一方だけがトランスジェンダーである場合がま

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  • macska dot org 差別についての、ごく基本的な考え

    最近別ブログ *minx* のほうで関わった論争に関連して、差別についてのわたしの基的な考えを明らかにしておく必要があると思ったので簡単にまとめてみます。ていうか、以下に書くことはほとんど以前某掲示板で書いたことの再掲なので、お馴染みの読者もいるはず。ただし、最近の論争もそうなのだけれど、差別について議論する際に常にわたしがここで書く通りの意味で「差別」という言葉を使っているわけではない(相手がある議論では、相手に定義を合わせることもある)ので、そのあたりは分かってね。 まず差別という語を goo を通して『大辞林』で調べてみると以下のように書いてあった。 (1)ある基準に基づいて、差をつけて区別すること。扱いに違いをつけること。また、その違い。 「いづれを択ぶとも、さしたる—なし/十和田湖(桂月)」 (2)偏見や先入観などをもとに、特定の人々に対して不利益・不平等な扱いをすること。また

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  • Facebookの普及に見る米国の社会階層性と、『米国=実名文化論』の間違い - macska dot org

    世界最大のソーシャルネットワーキングサービス(SNS)、Facebookが日(語圏)に進出してから二年がたった。よく知られているように、Facebookは実名での登録を前提としていることが特徴であり、「米国で人気の実名SNSが日社会において受け入れられるか」と話題になった。日で最も利用されているSNS・ミクシィも、かつては実名での登録を推奨していたが、個人情報や個人的な写真が流出するという騒ぎを経て、実名で利用されることはあまりない。日語版開始から二年たったいま、日在住のFacebookユーザ数も二〇〇九年だけで約三倍に増えたものの、国別ランキングでは上位三十位にすら遠く及ばず、米国の1%前後に留まっている。 Facebookが日で広まらないのは、当初から言われていたように、実名登録制が日のネット文化に合わないからである、という説明がよく聞かれる。なるほど、匿名を前提とする2

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  • 「女性学部」の名称変更をめぐる論議、あるいは「ジェンダー」を掲げることの限界 - macska dot org

    ここのところしばらく、といっても半年くらいのことだけれども、いろいろ忙しくなってブログの更新頻度が減っていた。ほかのことに関わっていて忙しいうちは、そのほかのことについて「後でブログに書こう」と思っているのに、書く時間や気力がないままにまた次のことで忙しくなってしまったりすると、書きたいことがどんどんたまっていって追いつかなくなる。まぁ時事問題についてのコメントみたいなものは、わたしが言わなくても他の誰かが似たようなことを書いているだろうし、あとから遡って書いてもタイミング的に遅すぎるけど、自分の身の回りで起きていることについては後から書いても意味があるだろう、ということで、これからいくつか「わたしの最近のシゴト」をテーマに報告してみる。といっても、いま一番書きたいのは先週の出来事なので、こんな前振り必要なかったような気もする。その書きたいこととは、わたしが以前学生として通い、授業を教えた

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  • しがらみも責任もないからこそ、言えることもある、という話/kgrさんへ - macska dot org

    「チャレンジド」の話題でブログを再開し、続いて在日特権を許さない市民の会(在特会)による朝鮮学校に対する攻撃とそれに対する(主に日人の)抵抗について取り上げたが、もちろん「挑戦」(チャレンジ)と「朝鮮」をかけているわけではない(って誰もそんなこと思わないって)。某秘密主義メーリングリストの中で、「在特会がどれだけ悪い奴らなのかお前はわかっていない、来なら差別思想は警察が取り締まるべきだ」みたいなことを言う人たちと、たった一人で不毛な議論をしたのちに、いきなり公開のブログでわたしに対する批判記事が出て、それなら公開の話で反論してやろうと思ったの結果が前エントリだった。 とはいえ、これだけ長い間停止状態だったブログでひっそり書いても、知り合いくらいしか読まないかなぁと思っていたのだけれど、思った以上にブックマークやtwitterなんかで反響を集めてしまって、まあその過半数は基的にいつもの

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    cohal
    cohal 2010/05/19
  • 『アメリカ発 DV再発防止・予防プログラム』へのコメントへのコメントと、サポートグループの不可能性 - macska dot org

    いつみても「キリンが逆立ちしたピアス」っていいブログ名だよなあと思ってしまうのだけれど、その id:font-da さんが、山口佐和子著『アメリカ発 DV再発防止・予防プログラム』を紹介している。わたしもこのについては「某秘密主義ML」(検索キーワード)で知り、気になっていたので、信頼できるレビューが出てきて助かる。いずれ入手するつもりだけれど、いつになることやら。 それにしても、「アメリカ発」の報告なら、なんでわたしに取材に来なかったんだ!という自意識過剰はともかくとして、どれくらい米国の反DV運動の中におけるさまざまな視点や主張を集めているのかという点は気になる。肝心なところは、大手団体に連絡して紹介してもらう先を取材していては全然見えてこないはずなので、著者自身が運動内部の状況をよく理解しているか、そうした状況がわかっている内部協力者が必要なはず。いやわたしに声がかからなかったから

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  • 労働争議でグダグダになってるWANを再生させる5つのアイディア - macska dot org

    NPO法人WAN(ウィメンズ・アクション・ネットワーク)における労働争議(労働者に対する労働条件の不利益変更の一方的通告からはじまり、それに労働者が組合を作って抵抗したところ、組合員二名に解雇勧奨通知)に関連して、普段あんまり署名活動とか参加しないわたしも労働争議を支援する署名の呼びかけ人にまでなってしまっているのはご存知の方も多いと思う。てか呼びかけ人なのにこれまで全然自分のブログで呼びかけてなかった、ごめんなさい。 ちなみに、普段わたしが署名活動にあんまり参加しないのは、署名を集めることが自己目的化してしまって、何の効果もないのにたくさん署名を集めただけで満足してしまっている例や、できるだけ多くの人の支持を集めようと、物事をあまりに単純化してしまったり、当たり障りのないことしか言えなくなってしまっている例が多いと思うから。それは別にしても、わたしの運動のスタイルとして、大勢の人に賛同し

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    cohal
    cohal 2010/03/06
  • 「インターセックス」から「性分化・発達障害」へ - macska dot org

    BBC のプロデューサから電話。英国で昨年放映したシリーズで、子どもにビデオカメラを渡して自分自身や周囲の人との会話を撮影させる『My Life As A Child』というドキュメンタリがあるのだけれど、それのインターセックス版を作れないかという相談。大人が編集するとはいえ、ナレーションを付けたりせずに子どもが撮ったままの映像で子ども自身の「現実」を映し出すというコンセプトは素敵だけれど、インターセックスに限って言えばかなり無理。 多分 BBC では、周囲から扱われるのとは別の性で扱われたいと言っている子どもとか、男の子にも女の子にもなりたくないと思っている子どものことを想像していたんだろうけれど、それならインターセックスの子どもでなくてそういう子どもを捜せばいい。その子がたまたまインターセックスということはあり得るだろうけれど、身体的にインターセックス「だから」性自認も非典型的だという

    「インターセックス」から「性分化・発達障害」へ - macska dot org