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ブックマーク / aboutagirl.seesaa.net (20)

  • 『ANGEL VOICE』第38巻 古谷野孝雄: Lエルトセヴン7 第2ステージ

    古谷野孝雄の『ANGEL VOICE(エンジェル ボイス)』は、34巻よりこちら、どの巻もクライマックス過多と評して差し支えがない。要するに、目頭は熱くなるし、胸は震えるし。で、ここまで熱量の高いものを見せ続けられたら(もちろん、良い意味で)読む方が困ってしまうのだ。おいおい、こんな作品、滅多にないぜ、と思う。34巻よりこちら、というのは、つまり、主役である市立蘭山高校サッカー部(市蘭)が高校選手権千葉県予選決勝に勝ち進み、ついに宿敵であり強豪である船和学院との対決を迎え、その試合がはじまってからずっとのことである。 端的にいって『ANGEL VOICE』のあらすじに特筆すべき点は少ない。難病を患った女子マネージャーのためにサッカー部の元不良少年たちが再起、奮闘し、不可能を可能に変えるような奇跡に挑んでいく。こうしたあらすじは、極めて通俗的であるし、予定調和として散々消費された感がある上、

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    crea555 2014/08/24
  • Lエルトセヴン7 第2ステージ

    音楽(2019年)(2) 読書(2019年)(0) マンガ(2019年)(0) 音楽(2018年)(3) 読書(2018年)(0) マンガ(2018年)(12) 読書(2017年)(0) 音楽(2017年)(6) マンガ(2017年)(10) 読書(2016年)(1) 音楽(2016年)(18) マンガ(2016年)(28) 読書(2015年)(3) 音楽(2015年)(11) マンガ(2015年)(26) 読書(2014年)(2) 音楽(2014年)(18) マンガ(2014年)(30) 読書(2013)(6) 音楽(2013)(19) マンガ(2013)(53) 読書(2012)(9) 音楽(2012)(11) マンガ(2012)(37) 読書(2011)(3) 音楽(2011)(15) マンガ(2011)(40) 読書(2010年)(16) 音楽(2010年)(37) マンガ(201

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    crea555 2014/03/22
  • 『聖闘士星矢 EPISODE.G』第20巻 車田正美(原作)岡田芽武(漫画): Lエルトセヴン7 第2ステージ

    要するに手法としていうところの「対話篇」にほかならないのだ。聖闘士(セイント)による一対一(タイマン)のバトルってやつは。光速域で応酬される拳のラッシュは、雄弁に語られる思想の硬度を可視化させ、互いが互いにとってのアンチテーゼであることを具体的に強調するための演出となっているのであって、どちらが正しいか正しくないかを問うかのような交わりのなかに、ロジックを越えたスペクタクルが生じているのである。そして、それは車田正美のオリジナルのヴァージョンの段階で既に発明されていたものではあったが、岡田芽武の『聖闘士星矢 エピソードG』ではそうした方法論の更なる徹底が試みられているだろう。 遂に最終決戦である。神王、クロノスは世界の崩壊を望みながら、黄金聖闘士のアイオリアに向かい、こう述べる。〈キレイダネ―― これが―― 人の命の輝きガ―― 陽の当たる場所へ昇ってユクヨ / イイナァ まるで宇宙だネ /

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    crea555 2013/09/15
  • 『777 スリーセブン』第1巻 小沢としお: Lエルトセヴン7 第2ステージ

    以前にも述べた気がするが、小沢としおはデビュー以来一貫して学園ものを描き続けている。現代少年マンガ史を振り返ったとき(一、二作でリタイアしたマンガ家を除けば)これは極めて異例のことといっていい。しかし、『ナンバデッドエンド』の頃からか。その手つきにはいくらかの変化が見られはじめていた。変化は『ナンバデッドエンド』に続く『ガキ教室』において、より顕著であったろう。『ガキ教室』も当然学園ものであったわけだけれど、学生を主人公にするのではなく、教師の側から見られる学校を作品の舞台としていたのである。いや、何も主人公の立場の違いを指して「変化」だと言いたいのではない。そうではない。学校の存在をこの社会の比喩として描いたり、社会のミニチュアとして扱うのではなく、学校の存在をあくまでもこの社会の一部分としていること、社会から切り離された空間=特区のようには描かなかった点にこそ変化が現れているのだ。 さ

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    crea555 2013/09/15
  • 『MIX』第1巻 あだち充: Lエルトセヴン7 第2ステージ

    あだち充は現代の夏目漱石である。これは日で最も早くコミックスの発行部数が一億冊を突破し、要するに国民的な作家になったことのみをいっているのではない。多少文学ぶって述べるのであれば、(欲望とは他者の欲望を欲望することであるとしたら)他者の欲望を自分が欲望していることに対して自覚的(あるいは懐疑的)な主体を常に描き続けている、という意味において漱石的なのであって、それはもちろん、三角関係や家族の構成、死者の問題として現れているのだし、技術の確かさで軽く読み流すことと深く読み込ませることを両立してしまっている点などは、ある種の手として評価されるべきものであろう。かつて島和彦は『タッチ』の上杉達也と浅倉南を指して、まるで婚姻していない夫婦のように描かれているのが今日のラブコメとの最大の違いと分析していたが、そこから彼らが生活しているリズムであったり温もりであったりがよく伝わってくるところなど

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    crea555 2012/10/13
    "あだち充は現代の夏目漱石である。""他者の欲望を自分が欲望していることに対して自覚的(あるいは懐疑的)な主体を常に描き続けている"
  • 『湾岸MIDNIGHT』第40巻 楠みちはる: Lエルトセヴン7 第2ステージ

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    crea555 2012/07/08
  • 『湾岸MIDNIGHT C1ランナー』第1巻 楠みちはる: Lエルトセヴン7 第2ステージ

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    crea555 2012/07/08
  • 『SOUL 覇 第2章』第1巻 武論尊(作) 池上遼一(画): Lエルトセヴン7 第2ステージ

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    crea555 2012/03/04
  • 『解剖医ハンター』第3巻 吉川良太郎(原作)黒釜ナオ(作画): Lエルトセヴン7 第2ステージ

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    crea555 2012/02/06
  • 『ナンバMG5』第18巻 小沢としお: Lエルトセヴン7 第2ステージ

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    crea555 2011/01/16
    "夏休みの存在を強調的に描かない、描けなくなっているのは、高校生活そのものを現実の世界を向こうに回した異界にしてしまっているからで、そうしたモラトリアムの切り取り方を指し、今ふうに閉鎖空間と置き換えて
  • 『ナンバMG5』第17巻 小沢としお: Lエルトセヴン7 第2ステージ

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    crea555 2011/01/16
    "が、しかし〈親父の顔なんて知らねぇ…母親にはすてられた 友達にも裏切られ…何もねぇ……〉からといって、〈んなモン…女ブン殴っていい理由になんねぇな…〉と、これだよ、これ、である。"
  • 『ナンバMG5』第8巻 小沢としお: Lエルトセヴン7 第2ステージ

    硬派に興味がある。あるいは僕がヤンキー・マンガの類を読む理由のひとつには、そうした関心の高さがあるのだった。と、そういえば、以前に吉田聡がコラムか何かの文章で、ナンパというのは、来、軟派のことをいい、硬派との対でもって使われる、男の生き方を二分するカテゴリーのひとつだったはずなのに、いつから女の子を引っかける行為を指す意味で使われるようになったのだろう、といったような懐疑を呈していたけれど、それというのはおそらく、軟派の、その対向であるべき硬派が影響力を失していった問題と密接であると思われる。要するに、男らしさの意味が一義的ではなくなるにつれ、硬派・軟派の二項対立が立ちいかなくなってしまい、それら来の語義が忘れられることとなったのだ。もしかすると、軟派からナンパへの変容は、学校文化における、たとえば番長などの定義が消失したのとパラレルなのかもしれない。が、ともあれ、『フジケン』以降の小

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    crea555 2011/01/16
    "〈ウソつきだよ 結果的にはな だた……アイツはそのウソを楽しんじゃいない〉"
  • 『ナンバMG5』第16巻 小沢としお: Lエルトセヴン7 第2ステージ

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    crea555 2011/01/16
    "むろん、現行するヤンキー・マンガの主人公はほとんど、健康優良不良少年に設定されているけれども、物語の枠内で見れば、トラウマを持った敵役のエモーションに焦点をあててゆく傾向がある。"
  • 『ナンバデッドエンド』第11巻 小沢としお: Lエルトセヴン7 第2ステージ

    難破剛、ついにぐれる。 喧嘩上等の青春を期待された少年が、いかにぐれず、健全で真っ当な学園生活を送り続けられるかを『ナンバデッドエンド』は、コメディとシリアスの絶妙なバランスを保ちながら描いて来たのだったが、9巻と10巻におけるドラマティックなほどの急転回を経て、ああ、やるせないことこの上ない、『ナンバMG5』から続くシリーズのなかで最大の絶望へと至った。あんなにも必死で自分の居場所を守ろうとしていた主人公の剛が、その努力も空しく、白百合高校から追放されてしまうのである。作者の小沢としおが、やはり只者でないのは、作中人物たちはもちろん、読み手の多くが決して望みはしなかった展開を、ここに用意したことだろう。 やられた。うわわわ、の驚きがあり、ちくしょおおっ、の悔しさがある。はたして試練は終わったのか。それとも受難は続くのか。この11巻では、すべてが御破算になろうとする瞬間が、そしてすべてが御

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    crea555 2011/01/12
  • 『ラキア』第5巻 矢島正雄(原作)Boichi(漫画): Lエルトセヴン7 第2ステージ

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    crea555 2010/12/23
    "矢島正雄(原作)とBoichi(ボウイチ、漫画)という組み合わせは、事前にたいへん期待させられるものがあったのだが(だって『リュウ』と『HOTEL』のタッグによるSFだぜ)、正直にいっていまいちな成果に終わってしまった"
  • 『サムライ・ラガッツィ 戦国少年西方見聞録』第1巻 金田達也: Lエルトセヴン7 第2ステージ

    藤田和日郎的なイズムを正しく受け継いでいて、現在の藤田和日郎よりも正しく少年マンガ的なロマンを描き出せているのが金田達也なのだったが、それに対して世間の注目を十分に得られていないと感じられてしまうのは、やはり、作品が持っているテーマの強度や展開のわかりやすさのわりに、今どきの流行色が薄く、派手目なトピックに乏しいからであろう。しかしまあ、そこが良いところでもあるんだった。そのような、らしさ、は『サムライ・ラガッツィ 戦国少年西方見聞録』の1巻にも当然あらわれている。〈天正十年 戦乱の時代 はるか海の外では 大航海の時代であった!〉そして織田信長が能寺で滅したその年、九州の小国、播磨家の領主、十五歳の播磨晴信は、あまりの不甲斐なさから周囲にうつけと呼ばれていた。しかしながら探求心にかけては人一倍だった。誰にも理解されない夢があった。それはこの世のすべてを記述した万國大百科を完成させたい。は

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    crea555 2010/12/11
  • 『明日のない空』第2巻 塀内夏子: Lエルトセヴン7 第2ステージ

    偉大なるちばてつや、ちばあきお兄弟に共通していたのは、主な題材をスポーツにとっているほか、貧困のなかに逞しさを描くこと、ではなかったか。と思われないのでもないのだった。そしてその系譜は、今や塀内夏子に引き継がれているのかもしれない。そのような予断を『明日のない空』の内容は許す。決して恵まれてはいない環境で生まれ育った少年たちの葛藤、ふんばり、そして這い上がりの精神が、力強いタッチに描かれているのである。 生活苦に屈した父親が幼い弟と娘を殺害、無理心中を図ったせいで心を病んだ母親を養うべく、町工場で働きながら定時制の高校に通うサイ(才谷駿)にとって羽根を伸ばせるものがあるとすれば、それは部活動のハンドボールであった。長身ですぐれた才能を持った幼馴染みのガッツ(古賀毅)を含め、学校の仲間とともにコートに立っているあいだは、背負わされた重荷や不安から解放される。しかし勿論、だからといって現実は相

  • 『ナンバデッドエンド』第7巻 小沢としお: Lエルトセヴン7 第2ステージ

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    crea555 2010/04/13
    "実際問題として、00年代以降、ヤンキー・マンガのジャンルは、夏休みをスキップしてしまうことが多い。"
  • 『ナンバデッドエンド』第6巻 小沢としお: Lエルトセヴン7 第2ステージ

    いうまでもなく、小沢としおの『ナンバデッドエンド』(当然、前身にあたる『ナンバMG5』のことも含めたい)は、ヤンキー・マンガである以上に、すぐれた学園ドラマであるのと同時に、すぐれた家族劇なのであって、質的には、複雑に入り組んだ愛情と葛藤を期限付きだからこそ価値のある青春もしくはモラトリアム下の人間やコミュニケーションに託しているのだが、それをきわめて平易に、なおかつエンターテイメント性のひじょうに高いレベルで仕上げてしまっているため、むしろ正当な評価を受け損なっているんじゃねえの、と思うよりほかない。たいへんひらかれた内容であるし、もっと大勢に読まれてもよい作品である、というのは過去にもさんざん書いた。 いやしかし、それにしてもじっさい、この6巻に描かれている光景の、適度に戯画化された現実の、日常生活の、なんて可笑しく、そして痛ましいことかよ。次々と県外の不良少年たちをのし、特攻服の猛

  • 『ナンバデッドエンド』第1巻 小沢としお: Lエルトセヴン7 第2ステージ

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