『甲府い』という落語がある。 豆腐屋の店先で、卯の花を盗み食いしている若い男が捕まった。話を聞くと、男の名は善吉といい、甲府(今の山梨県)からやってきたという。善吉は幼い頃に両親を亡くし、伯父さんのところで厄介になっていたのだが、その恩を返したいと思いつき、江戸で商売を始めて、一人前の男になって帰ってこようと考えていた。しかし、身延山で願掛けをして、江戸に出てきたところをスリにあって無一文になり、空腹になっていたところで盗みを働いてしまったのだ。それを聞いた豆腐屋の主人は、これも何かの縁だと考え、善吉を店で働かせてやることにする……。 今でこそ、山梨から東京まで、電車で二~三時間程度しかかからないが、当時は大抵の移動が徒歩(駕籠や馬もあっただろうけど)。生まれ育った故郷を捨てて上京するには、並大抵じゃない覚悟が必要だったに違いない。それなのに、着いて早々にスリにあうとは、なんという運の無さ