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2008年4月30日のブックマーク (4件)

  • 非モテくんに聞きたい、言い訳じゃないの?

    数年前に非モテの説明を読んで納得したつもりになってたんだけど、今晩になってなんだか気になったので聞きたい。 たとえば恋愛至上主義を否定した場合、配偶者を選ぶには何を基準にしたらいいの? 配偶者はそんなにほしくないけど、僕は子供がほしい。そういう女性も多いと思う。でも、現在の日だと配偶者梨では子供は作れないのが現実。これは日だとなんとか男爵が主張し始めた一夫一制度のせいと、大正天皇が妾を取らなかったことに由来している百年ほどの歴史ある現実だ。というわけで配偶者が必要になるんだけど、そういう人を選び選ばれるには何を基準にしたらいいのかよくわからない。 恋愛至上主義はわかりやすい、信頼とか個人の結びつきを結婚制度とつないでいる。でもそれを排除すると何を基準にすればいいのだろう?思いつくのは職業か持参金か家柄くらいしかない。人の魅力を全く考慮しないならそういう要素以外に他に判断するものがあ

    非モテくんに聞きたい、言い訳じゃないの?
  • 同性間DVの取り組みから学んだ「公共的想像力」(ミーガン法 Part 6) - macska dot org

    まえのエントリでわたしが「当に性暴力を無くすためには、『自分も加害者になっていたかもしれない』という想像力を持つことが必要である」と書いたのに対し、なんばさんから個人的あるいはリベラリズムという観念的なレベルでは同意するとしつつも、現実に小児性愛やサディスティックな欲望とも無縁な「一般の善良な人」にそういう想像力を求めるのは無理ではないかというコメントがある。さらに、そのなんばさんの発言を読んだ matuwa さんも、もとからリベラリズムの立場に共感している人以外の人たちに納得させるのは難しいというコメントをしている。なんばさんの発言については先にレイ・ワイヤ&ティム・テイト著「なぜ少女ばかりねらったのか」の話題の方にコメントしてしまったけど、この話題も重要なのでもう少し考えをまとめてみる。 なんばさんの図式に入れて考えてみると、わたしは小児性愛者でもないし、サディスティックな性的欲望も

    同性間DVの取り組みから学んだ「公共的想像力」(ミーガン法 Part 6) - macska dot org
    crowserpent
    crowserpent 2008/04/30
    「自分も加害者たり得るかもしれない」という想像力の「道筋」について。
  • 配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律 - Wikipedia

    配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律(はいぐうしゃからのぼうりょくのぼうしおよびひがいしゃのほごとうにかんするほうりつ、英語: Act on the Prevention of Spousal Violence and the Protection of Victims[1]、平成13年4月13日法律第31号)は、配偶者等からの暴力(ドメスティック・バイオレンス=DV)に係る通報、相談、保護、自立支援等の体制を整備し、配偶者等からの暴力の防止および被害者の保護を図ることを目的とする日の法律。2014年(平成26年)の法改正までは「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律」という題名であった。通称はDV防止法[2]。 配偶者暴力相談支援センターを中心としたDV被害者の保護や自立支援態勢の確立、裁判所における保護命令手続がある。以下、法に規定する「保護命令」手続を

    配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律 - Wikipedia
  • 「原理主義的無神論者」たちの「宗教」の否定=「反・宗教」

    中途半端な英語使いが英国からのニュースを東京で読み、あちこちふらふらうろうろ。時々嘘。 はてブ = http://b.hatena.ne.jp/nofrills Twitter = http://twitter.com/nofrills Twitterのログ = http://twilog.org/nofrills ◆「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月) ◆「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月) ◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください

    「原理主義的無神論者」たちの「宗教」の否定=「反・宗教」